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2021.06.10 16:00

「非接触はんだ付けで不可能を可能にせよ」━━日本の半導体全盛期を知る技術者が描く「ものづくり再興」

株式会社ワンダーフューチャーコーポレーション代表取締役社長 福田光樹とIHリフロー実装機

株式会社ワンダーフューチャーコーポレーション代表取締役社長 福田光樹とIHリフロー実装機

東京都が仕掛ける日本のものづくり「Tokyo Startup BEAM」を特集する連載「『ものづくりの街 TOKYO』始動」。今回からは、採択された企業を紹介していく。

株式会社ワンダーフューチャーコーポレーションが開発した電磁誘導を利用した「IHリフロー」は、自動車業界、家電業界、アミューズメント業界、そして我々の社会生活を照らす可能性を秘めている。



商業施設や交通機関などでよく見かけるデジタルサイネージ(電子看板)は、電子的な表示機器を使った情報発信ツールである。このデジタルサイネージは従来のポスターや看板に比べ、新製品や変化する運行状況などの情報をタイムリーに伝えるという点において圧倒的に有利だ。

ただし、そのデジタルサイネージにも、「硬い」「曲がらない」「重い」「厚い」「定型(四角い)」といった使いにくさが残る。使用する際は一般に看板などが置かれていた場所、もしくはデジタルサイネージ用に新たなスペースを用意するしかない。つまり、設置場所は看板などとほぼ同じだ。

しかし、そんなデジタルサイネージの概念が、東京のものづくりの現場で生まれ変わりつつある。

株式会社ワンダーフューチャーコーポレーション(以下WFC)が開発したフレキシブル・デジタルサイネージ(以下FDS:Flexible Digital Signage)は、これまでのデジタルサイネージの進化版という範疇に収まらない。「柔らかい」「曲がる」「軽い」「薄い」「形の制限なし」というこれまでにはない属性を獲得したことで、FDSは既存のデジタルサイネージ市場に加え、まったく新たな市場を見据えることになったのだ。

IHリフローが不可能を可能にする


WFCの代表取締役社長の福田光樹が、FDSの開発に至る経緯を語る。

「WFCは、前職で半導体事業に携わっていた私と、液晶やタッチパネルの開発、マネージメントを行ってきた2名、合計3名でスタートさせたベンチャーです。

創業当時私は49歳、残りのふたりは私より少し上でした。いわゆるガラケーの最盛期、そこで使われる液晶のほとんどが日本製だった時代があったのですが、日本の半導体の最盛期を現場で経験し、その衰退を管理職の立場で見てきた最後の世代とも言える3名が、日本のものづくりの復興に挑戦することにしたのです」

そして開発した技術が、現在のWFCのコア技術である「IHリフロー」である。

じつは、はんだ付けの歴史は紀元前にも遡る。一般的な金属溶接であるはんだ付けは、基板に置いたはんだに熱を伝導させることで、溶かして溶接する技術。接触しないと加熱は不可能で、基板にはどうしても熱ダメージが発生する。WFCは、この原理手法の改善に目を向けた。

「IHリフローは、IH(電磁誘導)を応用した金属加熱技術で、原理は家庭にあるIHクッキング機器と同じです。一番の特徴は、瞬時に非接触でスポットで管理された加熱ができること。低耐熱基材上へ端子を瞬時に加熱できることで、基材へのダメージは最小限になります。同時に、この加熱が早い特徴を生かし、今まで難しいとされていたガラスやセラミックなどの高放熱基板上でのはんだ付けも可能にしています」

IHリフローの技術により、これまでの不可能は可能となっていく。例えば、LEDモジュールの修理。2mm角のLEDが256個装着されたモジュールで、LED1個だけリペアが必要になった場合には、従来モジュール全体への熱のダメージが発生するので、たった1/256の不良でも、モジュール全体を廃棄せざるを得なかったことが多くあったが、IHリフローの技術により、不良のLEDに絞った部分的なリペアが可能となったのである。この技術は将来的にミニ・マイクロLEDの生産工程内リペアという巨大市場を創生する可能性をも秘めている。

IHリフローは今まで難しかったガラス上の金属配線とリード線や部品のはんだ接合も可能にした。その代表的な用途が ガラス製の5Gアンテナとケーブルの接合である。現状は、コネクタや導電性の接着剤を用いているが、コネクタでは接触抵抗が発生し、導電性の接着剤ではそれ自体に抵抗がある。IHリフローの技術を使えば、伝送損失を避けるために金属接合すなわちはんだ付けを行いたいという業界ニーズにも対応できる。


フレキシブル・デジタルサイネージ:PET基板上でIHリフロー技術によりLEDをはんだ実装することで実現した、世界最薄・最軽量・フレキシブルで透過性・異形対応も可能なLEDデジタルサイネージ。

フレキシブル・デジタルサイネージとは


フレキシブル・デジタルサイネージ:PET基板上でIHリフロー技術によりLEDをはんだ実装することで実現した、世界最薄・最軽量・フレキシブルで透過性・異形対応も可能なLEDデジタルサイネージ。

コア技術であるIHリフローに、日本のものづくりにパラダイムシフトを引き起こすポテンシャルがあると考えたWFCは、IHリフローの価値を広く発信するため、ユースケースの構築を通じたプロモーションを開始する。その過程で、生まれたのがFDSだ。

WFCでは、今回のTokyo Startup BEAMの採択を受け、工程の独立したFDS生産機の開発を進め、FDSの量産に取り組む。

「当初、FDSはIHリフローの技術をプロモーションするために製作しました。展示会で紙や布といった電子部品の実装が不可能だと思われている下地(基材)にLEDを実装して、光らせてみせると一目瞭然なのです。

紙や布は当然曲がるし、世界最薄最軽量。透明なPETに実装すればもちろん透過性もアピールできます。これまでのデジタルサイネージの概念を覆すFDSに、多くの問い合わせをいただくうちに、FDS自体のポテンシャルに気づきました。今回の採択プロジェクトはFDSの量産を目的とし、まずは、FDSの枚葉タイプの量産機を開発します」

FDSの枚葉タイプ量産機の完成は、この5年で約2倍に成長したデジタルサイネージ市場にとって、さらなるカンフル剤となる可能性を大いに秘めている。それは、FDSが単なるデジタルサイネージの進化に止まらず、まったく新しい組み込み型デジタルサイネージ市場の開拓を見込めるからだ。

「量産体制を整えるのが前提ですが、FDSは現状のデジタルサイネージ市場にインパクトをもたらします。しかし、私たちが注目しているのは、これまでのデジタルサイネージの使用領域を超え、FDSそれ自体の価値が、新分野に広がりを見せることにあります。今後の展開として、FDSと特に相性が良いのが、家電業界とアミューズメント業界、公共領域、そして自動車業界だと考えています」

四角い基板だけでなく、自由な形のさまざまな素材にLEDを実装できるならば、家電や玩具の新製品の開発に採用が見込めるのは想像に難くない。では、公共領域と自動車業界への展開とは?

「行政機関には、柱状構造物に巻けるというFDSの特性が特に着目されています。電信柱にFDSを組み込み、平時には標識や広告として使用し、災害時に警報や避難の場所への誘導灯として機能させる取り組みは、現在、実証試験の段階にあります。ネット回線がパンクした場合にも備え、防災無線による情報受信のシステムを構想も進めています。

自動車業界への展開も期待しています。車載用途においてIHリフローはさまざまなシーンでの活用が期待されています。まずは、自動車にある60kgほどハーネスの軽量化。樹脂成型品の裏面に直接電子回路を印刷し、その上にIHリフローではんだ付けを行うことでハーネスを減らし軽量化を実現できます。これはプリンテットエレクトロニクスの社会実装を促進する意味もあります。また、自動運転の普及に伴い、車外に自動運転中であることを告知するディスプレイ装着が義務化されることになれば、世界最薄最軽量でフレキシブルであるFDSそのものが、この領域に大いに貢献できるでしょう」

日本のものづくりにパラダイムシフトを起こすポテンシャルをもつFDSが、実際に社会に実装されるまでのスケジュールを、WFCはそう遠くない先に見据えている。それは、今回の採択プロジェクトの範囲が如実に物語っている。

「私たちは、ここに話したようなFDSの展開を理想目標として考えているわけではありません。今はまだ、枚葉タイプ量産機を開発している段階ですが、実は、今回の採択プロジェクトでは、その先の展開までもパッケージしています。具体的に言うと、プリンテッドエレクトロニクスを活用した、FDSのROLL to ROLL製造ラインの構築になります。FDSを日本のすべての電信柱に巻くにしても、自動車の製造工程に組み込むにしても、量産ということがポイントになります。Tokyo Startup BEAMにおける弊社プロジェクトではそこまでを見据えたスケジュールを組んであります」


IHリフロー生産装置 / 枚葉タイプ量産機

最後に、福田氏にこれからの展望を聞いてみた。

「ここ最近気づいたのですが、廃れたと言われる日本のものづくりですけど、実は北陸や東北にはちゃんと残っているんですね。そういうところにIHリフローとFDSでブーストをかけて、日本のものづくりのインフラを再整備したいですね」

自分たちの存在を表す看板として、ワンダーフューチャーコーポレーションという社名を掲げたのは、決して伊達ではない。日本の半導体の最盛期を知る技術者たちによる、胸のすくようなリベンジ。日本のものづくりは、廃れてなどいない。WONDER FUTURE(=驚きの未来)は、もう目の前に迫っている。



福田光樹(ふくだ・こうき)
株式会社ワンダーフューチャーコーポレーション代表取締役社長。成蹊大学工学部電気工学科卒業、日製産業株式会社(現:株式会社日立ハイテク) にて半導体事業に従事した後、2013年にWFCを創業。代表取締役社長に就任。専門分野は半導体(特に非メモリ)、液晶、機能性材料。


── Tokyo Startup BEAMプロジェクト ──
「BEAM」は、Build up、Ecosystem、Accelerator、Monozukuriの頭文字。
BEAMは、都内製造業事業者やベンチャーキャピタル、公的支援機関などが連携し、ものづくりベンチャーの成長を、技術・資金・経営の面で強力にサポートする。東京は、世界で最もハードウェア開発とその事業化に適した都市だ。この好条件を生かし、東京から世界的なものづくりベンチャーを育て、ものづくりの好循環を生み出すこと(エコシステムの構築)が、本事業の目的である。
本記事は、東京都の特設サイトからの転載である。

本事業に関する詳細は特設サイトから

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「ものづくりの街 TOKYO」始動