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ワキ製薬の5代目社長、脇本真之介

特許切れ、市場の分散、取引先の離散に13億円の借金──。ミミズの命を借りてV字回復を果たした製薬会社の「野望」とは。


奈良県・大和高田市のグリーンハウスの中に、そのミミズ農場はあった。ブロックで仕切られた「畑」には大量のミミズがうごめいている。

汚い。臭い。気持ちが悪い。そんな負のイメージが先行するミミズだが、「ミミズこそ世界を救う大切な資源だ」と言ってはばからない人物がいる。ワキ製薬の5代目社長、脇本真之介である。

ワキ製薬は1882年創業の製薬会社だ。ミミズ配合総合感冒薬「みみとん」をはじめ、ミミズを用いた健康食品や乾燥粉末製剤を開発してきた。日本のみならず世界9カ国で商品を展開する、知る人ぞ知るニッチなグローバル企業である。

最大の強みは、ミミズに特化した研究開発にある。2012年の社長交代を機に、ミミズを用いた原料の研究開発から商品の生産まで一気通貫できる企業へとかじを切った。日本有数の大学の研究者に師事しながら論文発表や特許取得に猛進した結果、業績は倒産寸前の状態から一気に回復。19年度には過去最高の売上高と利益を達成した。

特許切れ、市場の分散、家族との対立、13億円の借金──。ワキ製薬はどのように幾多の逆境を乗り越え、スモール・ジャイアンツになったのか。脇本の生い立ちとともに、その歩みを見ていこう。

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奈良県大和高田市にある、ワキ製薬のミミズ農場。自社で開発した養殖床を使い、食物繊維を与えてミミズ体内の不純物や細菌を減らす独自の飼育法でも特許を取得している。

「ミミズで世界一になりたい」


「薬屋のぼん」。物心ついたころからそう呼ばれて育った脇本は元々、「家業を継ぐ気などまったくなかった」という。東京の大学に進学するも、21歳でネット通販の商売の面白さに目覚めて中退。大阪のリゾート会員権販売会社に入社し、月収100万円以上を稼ぐトップセールスマンになる。

そんな暮らしを始めて2年が過ぎたころ、祖父ががんになった。見舞いに行くと、祖父は脇本に何度も「いい仕事やから、やらへんか?」と言った。祖父が言う「いい仕事」とは何か。それを知りたいという思いだけで、25歳で家業に入った。祖父が薬学博士で大学教授とともにミミズの酵素を発見したことも、父と教授の弟子に当たる研究者が真空凍結ミミズ乾燥粉末の商品化に成功し特許を取得していたことも、実は入社後に知ったという。

営業には自信があった脇本は、ミミズのサプリメントを片手に全国を飛び回った。売上高は8年間で2億円から13億円超に伸び、社員も6人から25人に増えた。そんな矢先の08年、粉末化技術の特許が切れた。ワキ製薬を待っていたのは、市場の分散と激しい価格競争だった。

当時、原料の製造は先に述べた研究者の会社が行い、ワキ製薬は製品化のみを担っていた。原料メーカーとは全量買い取りの契約をしていたため、販売数量が減ろうが以前と同じ量の原料が入ってくる。一方で、代理店からは値下げを要求される。原料メーカーと代理店の板挟みになった父親は、「限界や、限界や」と毎日嘆いていた。

見かねた脇本は父に黙ってメーカーに行き、契約見直しを直談判した。しかし、これが裏目に出た。

文=瀬戸久美子 写真=佐々木 康

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