──今後の鍵は「ヒト免疫の多様性の理解とワクチン設計」とは、どういう意味でしょうか。
コロナ禍に研究者が痛感したのが、新型コロナウイルスに対して人それぞれ反応が違うということ。同じ場所にいても、重症化する人と無症状の人がいます。動物だと同じように感染するウイルスであっても、人の場合は個人差が生じる。そのヒト免疫の個人差って何?というのが研究の原点です。
ヒトの遺伝子とヒト免疫には歴史があります。遺伝子と免疫細胞さえ調べれば、どんな場所に住み、どんな感染症にかかったか、その人の歴史をひとつひとつ紐解く技術を研究しています。それが分かれば、個人の免疫システムに合ったワクチンや免疫療法を開発できます。このような「免疫オーダーメイド医療」の実現を目指しています。
アジュバントとしても何百種類の物質があり、サイズや色を揃えてセミオーダーでき、個人に合ったレシピを提供できるイメージです。フルオーダーの場合、個人の遺伝子を採取して、例えばがんリスクを把握し、予防ワクチンを製造すること。数十万、数百万円かかるかもしれませんが、がんの場合、前述のように現実味を帯びてきています。
異分野連携で「破壊的イノベーション」が生まれる素地
──ポストコロナ時代に向けて、大きなワクチンデザインチーム(コンソーシアム*下図参照)構想も打ち出されています。ワクチンデザインのあり方はどう変化すると思いますか。
石井健教授「ワクチンデザインコンソーシアム」構想
これからはワクチンも、飛行機やロケットづくりと同様にチームを作って開発研究を迅速に進められる体制づくりが必要だと痛感しています。感染症や病気によって、各研究分野の「技術屋」が集結できることが重要です。日本のワクチン開発は、このような形で行われておらず、現状は「和菓子屋さんにスイーツを作れ。同じようなものだからできるんでしょ」と言っているようなものです。
今回、GSK(英:グラクソ・スミスクライン)、メルク(独)、サノフィ(仏)など製薬大手がベンチャー企業に負けて、新型コロナワクチンの開発を中止もしくは中断しています。組織が大きすぎると迅速に動けない「大企業病」が噴出しています。
一方、日本ではアンジェスがDNAプラットフォームを使って遺伝子治療していたところから、いちはやく新型コロナワクチンの治験に入ることができました。ファイザーとコロナワクチンを共同開発したドイツのビオンテックも、がんワクチンの研究から切り替えて世界に新型コロナRNAワクチンを輸出しています。
別分野から、破壊的イノベーションが生まれているのです。デザインチームをつくることで、ワクチン開発がどう変わるか、これから楽しみです。
実際に私の研究室にも、医薬品だけでなく食品や化粧品、クルマ関係、IT企業など、ワクチンに携わったことのない異分野の人たちから問い合わせがきています。新たなアジュバントやワクチン開発に関心をもつ人が増えたことは嬉しく、新しい化学反応を楽しんでいます。
すでに今回のワクチン問題で、いい意味で破壊的イノベーションが起きる素地ができました。スタートアップも含めて、ワクチンデザインチームからインキュベーション事例をつくっていけたらと考えています。