ちょうど2000年代に突入する頃。高校卒業後の進路を迷っていた時に『これからはITの時代が来るぞ』という先生の言葉を素直に受けとめ、情報系の専門学校に進学。プログラミングやデバイスについて勉強していくうちに、英語の必要性を感じ留学を志して......今に至ります」
自らの足跡についておもむろに話し始めたのは、グローバルICT企業・FreewillでCTOを務めるTatsu Kobayashiだ。
新卒で大手日系メーカーに入社し、プロジェクトマネージャーとしての腕を磨いたTatsuは、24歳でニュージーランド、カナダに語学留学。帰国後はグローバルを謳うICT企業への転職を果たした。
そこで同僚として出会ったのが、後にFreewillを創業するToshi Asabaだった。
「Asabaは、当時の私にとって念願だったアメリカ駐在の切符を渡してくれた恩人。人生を語る上で欠かせない人物であることは間違いありません」
その後、シリコンバレーやニューヨークに赴き、生産管理から地下鉄関連システムまで、さまざまな開発プロジェクトに参画。20代のうちにIT技術×語学力という最強の武器を手に入れたTatsuは今、Asabaにとっても“欠かせない人物”となった。
学びの成果はすぐに出ない。バグと何度、向き合えるかで人生は変わる
2013年の創業以来、Freewillは「日系企業のグロースハック」をミッションに、様々な業界の顧客を支えるグローバルICT事業を主軸事業に据え、順調に業績を伸ばしてきた。
要件定義から開発・設計、運用保守までワンストップのサービスを強みとしており、大手通信会社や金融機関、ゲーム会社など名だたる企業からのオファーが絶えない。
同社が転機を迎えたのは、2019年。かねてよりAsabaが公言していた、株主配当金を一切なくし、その分の資金を社会貢献に充てる経営基盤が整い、「ストーリー共感型」のクラウドファンディングサービス「SPIN(スピン)」の開発をスタートさせたのだ。
「SPINには、寄付する側、される側の金銭のやりとりを透明化するべく、ブロックチェーン技術が採用されているのですが、こうした要素もすべてAsabaの構想によるもの。私はあくまでもCTOとして『彼のやりたいことを叶えるためにはどうしたらいいか』を念頭に置き、ベストな具体策を講じています」
Tatsuの口ぶりは至って控え目だが、SPINにブロックチェーン技術を組み込むにあたっては、彼自身も相当なパワーを費やした。
まず大きな壁となって立ちはだかったのが、協業先の選定。世界中を練り歩き、結果としてブロックチェーン先進国であるウクライナのIT企業・ELEKS社とタッグを組むことになったのだが、強力なパートナーを得てしても数々の難局に直面した。
「中でも期待をして抜擢した開発メンバー数名が、結果、責任を果たさず途中で脱落したのは本当に辛かったですね。
担当エンジニアたちには、ブロックチェーン技術に関するハーバード大学のオンライン講座や、他校のソーシャルインパクトの専門知識を養う講座を受講してもらい、認定資格を取得しながら、業務を推進させることが求められました。
もちろん内容そのものが世界的にも新しい概念かつ、非常に難しい。そのため、なかなか思うようにいかなかったんです。こうした先の見えない厳しい状況に音を上げて、1人、また1人と去っていきました」
その一方で、「最新の技術を身につけられる」「決済システムの開発に関われる」とポジティブに捉え、意欲的に取り組むエンジニアも少なからず存在した。
「Freewillにいれば、新しい技術や概念に触れられる機会が数多く訪れます。日頃から自分が成し遂げたいことを深く考え、そこに邁進しようとする強い意志のある人でないと、ただ厳しいだけの環境に映ってしまうかもしれません」
世界最先端の技術を、人材育成に。「社内大学」を開設
時計の針を、起業当時に巻き戻そう。
技術のみならず語学やマネジメント能力など、グローバルエンジニアとしての素地を貪欲に整え、第一線で活躍してきたTatsuはまさにFreewill(自由意志)の体現者だった。
シリコンバレーで1年半、ニューヨークで2年の駐在期間を終えて、彼が日本に本帰国したのは32歳の時。それから間もなくして、AsabaはFreewillを起業。
Tatsuは「彼がいなければ、自分は今の会社にいる意味がない」とすぐさま合流を決意した。
引継ぎなどに追われたTatsuが実際にジョインしたのはスタートから1年ほど経ってから。しかしAsabaは創業メンバーとして彼を迎え入れ、エンジニアチームの基礎固めを一任した。
Tatsuが担ったのは、人材育成だけではない。いちグローバルエンジニアとして、世界最先端の技術を次々と社内へ持ち込んだのも彼だった。
例えば、RPA(Robotic Process Automation)。帳簿入力や伝票作成、顧客データの管理などの事務作業が自動化できるこの技術は、“エンジニアでなくともコーディングが可能”という触れ込みが受け、一気に拡がった。しかし、現在ではプロが作りこまないと情報漏洩やシステム停止などの発生リスクがあると指摘されている。
「私はRPAがリリースされた当初から、この技術は絶対にエンジニアにしか使いこなせないと気づいていました。同時に『スキルセットの1つとなれば、Freewillの事業に活かされる』とも。なので早々に、実際の案件に飛び込み、私が学んだことを社員のトレーニングメニューに加えることにしたんです。
2016年当時はまだ出始めで、ドキュメントなどの情報ソースが皆無でしたので、マニュアルはすべて自分の手で作り上げました」
最新の技術を社内に根付かせることが、営業面においても、そして人材採用の面においても大きな魅力付けとなる。 メンバーには、世界の最先端技術に興味を持っていてもらいたい──こうしたTatsuの想いは「Freewill大学」として形を成した。
新卒、中途問わず内定者全員が受講するこの研修のカリキュラムには、RPAやAIなどの技術コンテンツがしっかりと組み込まれている。
「世界視点」と「最先端技術」、Tatsuはこの二つのキーワードを繰り返し発していた。
地球の共存共栄を、トークンエコノミーで実現する
新生Freewillとしてスタートを切って2年、Tatsuが合流した創業時から8年。FreewillはICT事業をメインとしながらも、ソーシャルサービス事業の比重を年々高め続けている。
その中で強く打ち出しているのが「Sustainable eco Society」というワードだ。
「近い将来、経済と地球が共存共栄できる総合サービスを展開していきたいんです。2021年5月現在、SPINのほかにプレリリースしているサービスが2つ、開発中のものが1つあります。
筆者の真なる想いを評価できるウェブメディア『Vibes.media』、そして、熱と才能を引き合わせるクラウドソーシング・サービス『Freewill-Freespace』。加えて2021年10月には、エシカルオンラインマーケット『tells market』をリリースする予定です。
この4つのサービスをブロックチェーンでつなぎながら、消費によって付与されるポイント(仮想通貨:Sustainable eco Coin 略・SeC)を通じて自動的に『森の苗木』が増える、そんな代替貨幣を用いた経済圏つまりトークンエコノミーを実現させたいんです」
こうしたSustainable eco Societyをいち早く現実のものとするためには、まず何が必要なのか。
改めてTatsuに問うてみると、一言、「意志あるエンジニア」と返ってきた。
「繰り返しになりますが、厳しい環境にも耐えられるような、志と視座の高いエンジニアの存在が不可欠かと。旧来のエンジニア像的な、言われたことをやるという人ではありません。
社会構造や仕組み、システムが必要な背景を深く理解し、CEOやCTO、取引先とも対等に話せるビジネス感覚を持っている人こそ望ましいですね。実際に今年入社した41名の新入社員はこのタイプが多いZ世代です。時代も変わり、個人のベース能力が高くなっているのを感じています」
Freewillでは“グローバルビジネスパーソン”の出現を待ちわびながら、自身で給与を決定することができる「自己報酬決定制度」を用意している。
世界視点を持ってプロジェクトを推進でき、組織としてマネジメントの必要がないレベルの人であれば、「自分の給与はこれぐらい」と自信を持って提示できるはずだ、と。
2021年6月、ソーシャルサービスを続々と本リリースする予定のFreewill。SPINでは新たに、リアルタイムで資金を募ることができる「投げ銭機能」が拡充された。
これらを叶えていくのは、エンジニア一人ひとりの技術力、その根底にある高い志。フラットで自由な発想が、どのように実現されていくのか、楽しみでならない。