近年のDXの浸透を予見していたかのように、時代に先駆けてデジタルトランスフォーメーション事業に本腰を入れていた企業がある。
意外かもしれないが、それは電通デジタル。「電通」の冠から勘違いされがちだが、扱うのは広告だけではない。
「一つの会社の中に、インターネット広告代理店や大手ITコンサルのような機能が並存している」と語るのは、創業時からの同社を知る副社長執行役員の小林大介。
日本を代表する多数の大手企業をクライアントとして抱える電通デジタルは、電通グループのデジタルマーケティング専門会社2社が合併し、そこに電通のデジタル領域を担う組織も統合されて2016年に発足した。約700人の社員は4年間で倍増。2021年度中には2000人を超える見込みだという。
急成長の背景には何があるのか。玉石混交のDXコンサル業界において、「電通デジタルのDX」が求められている理由を、小林が語る。
2016年の創業時から、デジタルによる事業変革支援に着手
文学部哲学科出身という、目を引く経歴を持つ小林。「大学院を目指すか就職か」を迷った末に、電通国際情報サービスに入社した。
Windows95が発売され一世を風靡していた頃、早くもマーケティングとITの組み合わせに可能性を感じていたのだ。
度重なる組織改編とともに複数のグループ会社を渡り歩き、電通イーマーケティングワンの取締役を経て、2016年の電通デジタル発足とともに執行役員としてジョイン。2020年に副社長執行役員となった。
その小林に、電通デジタルの創業経緯を尋ねた。
「もともと電通グループの中に、潜在顧客を対象にデジタル広告を展開する『ネクステッジ電通』と、主に既存顧客を対象としたコミュニケーション施策やウェブサイト構築などを手がける『電通イーマーケティングワン』が別々に存在していました。これらのサービスをワンストップで提供するべく2社が合併し、そこに電通からデジタル領域の戦略構築やプランニングを担っていた人材が300人ほど出向する形で、現在の電通デジタルが発足しました」
それだけを聞くと、電通デジタルはデジタルマーケティング専門の会社のように思えるが、実際はデジタルトランスフォーメーション事業も大きな柱となっている。
後者は、近年の市場変化に合わせて新しく始めた事業なのか?
「いえ、流行に乗って始めたわけではありません。事業部の名称こそ今とは異なりますが、デジタルを活用したクライアントの事業変革には、創業時から取り組んできました。他社に比べると少しだけ早くこの領域に着手していたことが、我々のアドバンテージになっています」
「企業と生活者を結ぶ」というDNAで、新しい体験をつくる
変化の激しい市場環境の中、たとえ1年でも先行するメリットは大きいはずだが、そもそもマーケティング専門の会社が合併して生まれた電通デジタルが、デジタルトランスフォーメーション事業を手掛けられるのはなぜなのだろうか?
「その答えの一つは、この5年で培ってきた組織文化にあります。クライアントのDXを実現するためには、さまざまな機能が必要です。1つ目は、ビジネスモデルや顧客体験をデザインする機能。2つ目は、それを実現するシステムや業務プロセスを構築する機能。そして3つ目は、クリエイティブやメディア活用も含めて、実際の顧客体験を生み出し、磨き続けていく機能。
これら3つに求められるスキルや人の種類はまったく異なり、単純に一箇所に集めて『さあ、一緒に仕事しましょう』とやってもうまくいかない。合併や採用を通じて弊社に集まったこれらの多様な人材が、1つのゴールに向かってプロジェクトを遂行する。そこで生じる摩擦や衝突も含む体験の積み重ねによって、『お互いにリスペクトをもって、ワンチームでクライアントの事業成長に貢献する』という組織文化が醸成され、我々の競争力になっています」
小林によると、DXコンサルティングやシステム構築、そしてデジタルマーケティングに至る幅広い領域を一社でカバーしている会社は、世界的にも珍しいという。チャレンジングな事業体を選択したのには訳があった。
「今は『モノをつくって、大々的な広告で売る』という時代ではありません。新しい商品やサービスを企画し、まずはスモールに世に出し、そのフィードバックをもとに磨き込んでいく、『顧客対話型アジャイル』が必要です。
そうした状況では、DXコンサルティングからデジタルマーケティングまでを一貫して提供できることにバリューがある。新規ビジネスの立ち上げから、売りながら改善していくところまで伴走できて、初めてクライアントの事業成長パートナーになれると考えています」
電通デジタルが選ばれている理由はそれだけではない。同社のDXには、他のコンサルティング会社が提供するものとは一線を画す価値があるという。
小林は、「我々はデータだけに基づいてDXをやっているわけではないんです」と、興味深い話を始めた。
「確かに電通グループには生活者に関するデータは豊富にあります。でも、データを見て『明らかにいけそう』と思えるサービスやビジネスって、既にタイミングを逸している可能性が高いんです。データ上は少し早すぎると見えることでも、先行者として複数の種を蒔く。そのうちのどれか一つに急に日が当たって、一気に成長してマーケットリーダーになることがあるからです。私たちはそういう市場創造型のDXを支援したい。クライアントの弊社に対する期待も、まさにそこにあります」
生活者のインサイトに基づいたコミュニケーションを手がけてきた電通グループには、企業と生活者を結ぶDNAが根付いている。
だからこそ、今まで世の中になかったものを生み出せるのだと、小林は強調する。
現にクライアントからは、「単なる業務効率化を目的としたDXはコンサル会社に頼むけれど、世の中に新しい価値を提供するためのDXは電通デジタルの力に期待している」という声をよく聞くそうだ。
「そういう『生活者に新しい体験をもたらすDX』をやってみたい人にとって、弊社は面白い会社だと思いますよ」と、小林は人懐こく微笑んだ。
「仕事を断らない」は過去の話。健全なコンディションが、最高の仕事と成果を生む
魅力的な職場には、魅力的な人が集まるもの。ところで、メンバーの働き方はどうなのだろう?
小林は「なかなか信じてもらえないのですが......」と切り出し、次のように語った。
「世の中に新しい価値を提供するようなサービスを生み出していくためには、一人ひとりが心身ともにヘルシーな状態でいなくてはなりません。もしよかったら、転職者用の口コミサイトを見てみてください。ここ数年で残業時間が大幅に減少しているのを理解してもらえると思います」
確かに、大幅な変化が確認できた。某口コミサイトのデータによると、2015年からの5年間で残業時間は40%以上減少。同業他社と比べても少ない水準だ。同じ5年間で待遇面の満足度も上がり続けている。
働きやすい環境を整えるために、新型コロナ流行前から「在宅・シェアオフィス・出社をミックスした働き方」をスタートさせるなど、過去の慣例に囚われない新たな取り組みにチャレンジしているという。
しかし、それだけで十分な改善は可能だろうか?
電通といえば、一昔前までは「仕事を断らない」矜持で知られていた。電通デジタルにもそうした空気はあったのではないか。
直球をぶつけると、小林は「その文化は捨てましたね」と、きっぱりと言い放った。
「昔はその社風はありました。でも、それではやっぱりダメですよね。仕事を断らないことと、社員が寝ずに働くことは、セットでしか成立しませんから。今は社員が対応しきれない量や納期の仕事は受けないようにしています。
弊社はクライアントファーストを掲げていますが、それはクライアントのために社員がどうなってもいいということではない。クライアントや社会、会社、そして社員の『三方良し』の状態を維持するのが、広義のクライアントファーストであり、私たちの責任だと考えています」
世間のイメージする“電通”は過去の姿。「責任」という言葉を繰り返す小林の口調には、一切の淀みがなかった。
新しい“クライアントファースト”を実現し、新しい電通のイメージを築く。穏やかな表情の奥に小林が秘める決意の強さは、計り知れない。