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田坂広志の「深き思索、静かな気づき」


それは、2009年7月、英国オックスフォードで開催されたTEDのグローバル会議でのことである。「楽天家のダボス会議」とも呼ばれ、これも世界中から各分野のイノベーターが集まる場であるが、この場にロンドンから駆け付けたブラウン首相は、やはり、原稿を見ず、見事なスピーチを行った。それは、ブレアと異なり、決して巧みなレトリックを使ったものでも、流麗な話術を使ったものでもなかったが、胸に響き、心に染みるスピーチであった。

特に、このとき、ルワンダでの大量虐殺において、無残に拷問で殺された10歳の少年のことを語ったメッセージは、いまも筆者の心に残っている。

「この少年が、一緒にいた母親に語った最後の言葉、『母さん、心配しないで、国連がもうすぐ来るよ!』しかし、我々は助けなかった! その少年は、我々の約束を信じていた。ルワンダの人々を助けるという約束を。しかし、我々は助けなかった!」

この感動的なスピーチが終わった後、隣の席を見ると、シリコンバレーから来た起業家は、涙を流しながら、ブラウンのスピーチを聴いていた。

しかし、ダボス会議で、こうした当意即妙のスピーチ、魅力的なスピーチ、感動的なスピーチをするのは、英国の三人の首相だけではない。ドイツのアンゲラ・メルケル首相、アメリカのアル・ゴア元副大統領を始め、各国の政治リーダーは、誰もが、優れたスピーチ力を持っている。もとより、政治家であるかぎり、その業績についての評価は様々であるが、「言葉が命」と言われる政治家として、誰もが、見事な力量を持っている。

こう述べてくると、読者は、日本の政治リーダーのスピーチ力の乏しさが、世界の水準から見て、言葉を失うほどの落差にあることに気がつくだろう。

しかし、そのとき、いつも筆者の心に浮かぶのは、英国の作家、サミュエル・スマイルズの言葉、自らの胸に突き刺さる警句である。「一国の政治は、国民を映し出す鏡にすぎない」しかり、政治家の姿もまた、その鏡であろう。


田坂広志◎東京大学卒業。工学博士。米国バテル記念研究所研究員、日本総合研究所取締役を経て、現在、多摩大学大学院名誉教授。世界経済フォーラム(ダボス会議)Global Agenda Council元メンバー。全国6700名の経営者やリーダーが集う田坂塾・塾長。著書は『運気を磨く』『直観を磨く』『知性を磨く』など90冊余。

文=田坂広志

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