ウィスコンシン州の州都マディソン郊外の町、ヴェローナ。
医療用ソフトウエア企業、エピック・システムズの広大なキャンパスに、金管楽器の勝ち誇ったような音色が高らかにこだました。おなじみのバロック調の結婚行進曲が鳴り響くと、1万700人の従業員が足を止めた。続いて、新たな顧客の名前が発表された。フロリダ州の医療機関が、エピックの電子健康記録システムを傘下の37の病院に導入するという。6億5000万ドルの契約成立だ。結婚行進曲が流れるのは、新規の顧客は「結婚相手のような存在」だからだという。
エピックのソフトは、診療予約から診察や手術に至るまで、患者の一連の治療行為を管理する上で便利なものであり、医師は患者のアレルギー歴やレントゲン結果も記録できるほか、そのデータをもとに、病院の事務部門が請求書の作成や追跡調査をすることもできる。一般的には電子医療記録システムとして認識されているが、実際には収益サイクル管理や顧客管理ツールやデータ分析など、きわめて幅広い分野にも活用できる。
エピックが抱える564の顧客が有している病院の総数は、全世界で2,400件弱。患者数は米国内だけで2億2500万人。この数は、米人口のおよそ3分の2に当たる。なるほど同社の2020年の売上高が33億ドル超にもなるわけである。
その勢いは数十年前から衰えていない。1979年にエピックを創業して以来、CEOのジョディ・フォークナーは、外部投資家の参加や、融資や買収の話をかたくなに拒んできた。10年前に売上が10億ドルに達してからは、エピックは毎年15%の成長を続けている。利益率も高く、財務指標のEBITDAで算出されるキャッシュフロー率は30%超、しかも負債はゼロだ。
一方で、評論家や同業他社からは、エピックのシステムの閉鎖的なネットワークが、他社のシステムとの患者データのやりとりを困難にしているとの批判が出ている。これに対してフォークナーは、患者のプライバシー保護が第一だと強調する。
ベンチャーキャピタリストは以前からエピックを攻撃していた。中央集権的で大きなシステムを是とするエピックの考え方や、数百万ドルするシステムは、クラウドコンピューティングや安価で普遍的なスマートフォン用アプリが幅を利かせるいまの時代の流れからずれている、というのだ。
ただ、シリコンバレーの「すばやく動き、破壊せよ」という文化は、医療業界では通用しない。この世界で、失敗は許されないからだ。