A・ホプキンスの「ファーザー」 認知症を疑似体験するかのような映像表現


暗記マニアなので何度も読んで覚える


「ファーザー」はアカデミー賞主演男優賞と同時に脚色賞にも輝いている。原作は、2012年にパリで初演され大成功を収め、日本を含む世界30カ国以上で上演されてきた「Le Père 父」という舞台劇だ。原作者のフロリアン・ゼレールとクリストファー・ハンプトンが脚本を担当して、映画はゼレール自らが監督している。

ゼレールにとっては、映画を監督するのはこの作品が初めての挑戦だったが、舞台劇を脚本にするにあたっては、当初から主役にはアンソニー・ホプキンスを想定していたという。そのため、主人公の名前も「アンソニー」となっているという。

「ゼレールは実に才能のある脚本家で、天才的なところがある。監督も初めてなのに素晴らしい仕事ぶりだった。彼に初めて会ったとき、私を思い浮かべながら脚本を書いたと聞いて、とても嬉しかった。光栄だし、誇りに思う」

ホプキンスはこのようにゼレールとのタッグについては語っているが、その起用に応えるかのように、一見脈絡のないさまざまなシチュエーションのなかで、認知症の老人という難役を見事に演じ切っている。ホプキンスは自らの演技については次のように言う。

「経験を積んだ役者であれば特別な才能や努力は要らない。演技に悩んでいた若い頃は、さまざまなメソッドを試した。そういう試行錯誤を経て、いまでは演技が楽になっている」

さすがに歴代最高齢でアカデミー賞主演男優賞に輝いたホプキンス、作品では自らの役柄を楽しんでいるかのように、さまざまな演技のパターンを見せている。

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『ファーザー』5月14日(金)、TOHOシネマズ シャンテ他 全国ロードショー/(c)NEW ZEALAND TRUST CORPORATION AS TRUSTEE FOR ELAROF CHANNEL FOUR TELEVISION CORPORATION TRADEMARK FATHER LIMITED F COMME FILM CINÉ-@ ORANGE STUDIO 2020

「私はまだ引退する気はない。老戦士で、強く生きる力がある。私はあれこれ考えたり分析したりせずに、ただセリフを覚えて演じている。暗記マニアなので、何度も何度も読んで覚えるので、それが脳の活性化にもつながっている」

まさに「ファーザー」のアンソニーとは異なり、認知症とはおよそ無縁なホプキンスだが、彼にとっても今回の主演男優賞の受賞は予想もしていなかったようだ。

授賞式の当日も故郷のウェールズに里帰りしており、前述のように中継でも彼の喜びの映像すら流れなかった。翌日、本人はインスタグラムで、次のように受賞の言葉を述べている。

「83歳でこの賞を受賞するとは思っていなかった。本当に予想していなかった。アカデミー賞にとても感謝しています。それからあまりにも早く亡くなってしまったチャドウィック・ボーズマンさんに敬意を表したい」

サプライズとなったアカデミー賞授賞式を配慮してのこの発言、まだまだアンソニー・ホプキンスの意識は高く、素晴らしくクリアだ。さらに最高齢受賞の記録を塗り替える日はあるかもしれない。

連載:シネマ未来鏡
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文=稲垣伸寿

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