A・ホプキンスの「ファーザー」 認知症を疑似体験するかのような映像表現

(c)NEW ZEALAND TRUST CORPORATION AS TRUSTEE FOR ELAROF CHANNEL FOUR TELEVISION CORPORATION TRADEMARK FATHER LIMITED F COMME FILM CINÉ-@ ORANGE STUDIO 2020

「ファーザー」で2度目のアカデミー賞主演男優賞に輝いたアンソニー・ホプキンス、受賞はまさにサプライズだった。主演男優賞の部門では歴代最高齢(83歳)の受賞者ともなったが、晴れの席にホプキンスの姿はなかった。

コロナ禍のために日程を2カ月延ばし、メインの会場もロサンゼルスのダウンタウンにあるユニオンステーションに変更していた第93回アカデミー賞授賞式だったが、各部門の受賞者発表の順番も、例年とは異なるものとなっていた。

通常はラストに発表される作品賞が、最後から2番目に。作品賞の直前に設定されていた監督賞にいたっては授賞式の前半に移されていた。そして作品賞に代わって、華々しくフィナーレを飾る予定だったのが主演男優賞の発表だった。

アカデミー賞は映画芸術科学アカデミーの会員の投票によって選ばれるが、審査の結果は、授賞式当日まで大手会計事務所の金庫に保管され、厳重な管理のもとで外部へはいっさい漏らされないとされている。もちろん授賞式を中継する関係者も例外ではなく、演出は事前の受賞者予想などを参考にしてなされていると言ってもよい。

下馬評では、今回の主演男優賞の本命は「マ・レイニーのブラックボトム」(ジョージ・C・ウルフ監督、2020年)のチャドウィック・ボーズマンだった。ボーズマンは前年の8月にガンによって43歳の生涯を閉じており、「マ・レイニーのブラックボトム」は彼の遺作でもあった。ボーズマンが本命視されていたのは、多分に彼に対する追悼の意もあったように思う。

そのような背景もあり、今回のアカデミー賞授賞式は、このチャドウィック・ボーズマンの主演男優賞受賞を想定して演出されていたといってもいいかもしれない。主演男優賞の発表を受賞式のラストに持ってきていたのもそのためであったろうし、式の途中からボーズマン追悼のムードも醸し出されていた。

それがまさかのアンソニー・ホプキンスの主演男優賞受賞となった。本来なら、会場に出席していない受賞者とは中継で繋ぐはずなのだが、予想外の出来事であったためかホプキンスの喜びの映像は流れず、授賞式も突然終了した。

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授賞式の関係者さえ審査結果を知ることなく、図らずもアカデミー賞の情報管理が厳格になされていることが証明された結果ともなったが、それよりも映画芸術科学アカデミー会員の投票が、あくまで主演男優の演技に重きを置いて投票されたのではないかと思われせる結果でもあった。
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文=稲垣伸寿

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