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ユーリ・ミルナー/1961年、モスクワ生まれ。投資ファンドDST創業者。総資産48億ドルで世界ビリオネアランキング589位、ロシア長者番付31位。現在シリコンバレー在住、国籍はロシアとイスラエル。

ソーシャルネットワークの台頭をいち早く予見し、見込んだ起業家は次々ビリオネアに。一方で、ノーベル賞の3倍の賞金を与える科学賞を設立し、宇宙人探しに1億ドルを出資するなど、科学界への貢献で存在感を示す。

「株式」の概念も知らずに米国に渡り、先見性と野心で成功をつかんだスーパー投資家。その数奇な半生を、ロシア版フォーブスによる独占インタビューでたどる。



「私は1961年11月11日に生まれました。両親は、その年の4月12日に宇宙へ飛び立ったユーリ・ガガーリンにちなみ、私を“ユーリ”と名付けました」

ミルナーがソ連に生を受けたのは巡り合わせというほかない。超大国というのはやたらと壮大な思想や巨大なプロジェクトを生み出したがるもので、宇宙への有人飛行は、紛れもなくそのひとつだった。ユーリ少年は、ソ連末期の大いなる夢だった宇宙開発(本人いわく「雪解けのおこぼれ」)に、はまってしまったのだ。ソ連の科学信奉が、まさにピークを極めていた時代のことである。

ミルナーの父親は経済学者で、母親はウイルス学者だった。当時はどの家庭でもそうだったが、食卓での話題は常に物理学か文学。ミルナー家では両親の専門領域である物理学が主で、例えば宇宙の本質について、大人たちは延々と議論を交わしたものだ。ユーリ少年にとってそれはたまらなくそそる会話だったが、最も面白い局面で子どもはベッドに追いやられるのだった。

「10歳のころ、天体物理学者のヨシフ・シクロフスキーが宇宙の知的生命体について書いた本に出合いました。私はこの本をきっかけに、我々の文明が解明すべき実在的問題としての宇宙生命体に、興味をもったのです」

同書に感化され勉学に励んだミルナーは、高校時代に国際数学オリンピック、国際物理オリンピックに出場。79年にモスクワ大学物理学部に入学する。学校教育で基礎教養とロシア文学をたたき込まれたことは、のちに大いに役に立ったと言う。

「ドストエフスキーは、人間心理の奥深い洞察において、何にも勝る教科書です。心理分析力は、ビジネスにおいても基本のスキルですからね」

そして今年60歳を迎えるミルナーがいま、何よりも夢中になっているのが、子どものころに夢見た宇宙生命体というわけだ。とはいえ、再び夢を追うようになるまでには紆余曲折があった。

セルゲイ・ブリンとの不思議な縁


大学卒業後、ミルナーは科学アカデミー物理学研究所で研究職に就く。のちにノーベル物理学賞を受賞するヴィタリー・ギンツブルク率いる理論物理学部門で働き始めるが、すぐに見切りをつける。

「自分の可能性の限界を悟ったのです。理論物理学の世界では、ひと握りのトップ研究者がいて、あとの人は彼らの方針に従うしかない。私はそのひと握りに入れそうもなかった」

市場経済移行期の89年、ビジネスの世界に転じ、コンピュータの販売を始める。ご多分にもれず闇取引だったので、ミルナーの父親はいい顔をしなかった。何事もまずは勉強からという父の信条に従い、ミルナーは米国の名門ビジネススクール、ウォートン校で学ぶことにする。それも「かなりファンタスティックな手段」を講じて。

文=ニコライ・ウスコフ 写真=ドミートリー・コスチューコフ 翻訳=石橋むつみ

ユーリ・ミルナーセルゲイ・ブリン

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