99歳の染色家、柚木沙弥郎さんにまなぶ「今を生きる」ということ

『柚木沙弥郎の染色 もようと色彩』と『柚木沙弥郎のことば』


直感はみんな持っている


個人的な経験として、理詰めで考えてつくったデザインは意外とつまらなくなることがある。こうこうで、アレとコレを足したらいいでしょう、と頭でやると正解のようでいて、結果は凡庸で、類型的なものになったりする。

机の上で考えて頭だけで出す答えは、きっとみなさんさほど変わらないのではないだろうか。直感について柚木さんはこのように述べている。

「直感はみんな持っている。ただ、いいかしら、悪いかしら、これでいいだろうかとみんな自信がない。でも幼い自信でもいいから持って、これがいい、こっちがいい、ということをパッと見て受け取るトレーニングをしたらいい」(『柚木沙弥郎の染色 もようと色彩』)

頭で理解するのではなく、五感で「感じる」ということ。それを日常的に意識することで、きっとこれまでとは違う見方やものごとの捉え方ができるようになるのではないだろうか。そういえば、子どもは判断を迷わない。揺るがない。子どもは直感の天才と言えるのかもしれない。

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2020年にイデーショップで購入したリトグラフ。パリのリトグラフ工房イデム・パリが制作

今、あなたが作ったものはどれか


柚木さんは2008年に、念願であったフランスでの初の個展を開催した(当時86歳)。フランスのパリは、柚木さんの父親が画家として滞在していたこともあり、特別な思い入れのある場所だったという。

「いろんな人が見に来てくれたよ。でもフランスでは、まず『今作ったものはどれだ』と聞かれる。それはつまり、今あなたはどういうことに生きているかっていうこと。これまでどんなことをやってきたとか、学歴や経歴とか、過去のことは一切関係ない」(『柚木沙弥郎のことば』)

過去の経歴ではなく「今」あなたが何をやっていて、興味をもっているのか、ということに重きをおく、フランス人の価値観。この姿勢に柚木さんは感銘を受けたという。

おそらく人は歳を重ねるごとに、影のように伸びていく過去にしばられるもの。しかし、過去の栄光でもなく、経歴でもなく、失敗でもなく、なによりも大事なのは今。

実はとある美術館で開催された海外デザイナーの展覧会で、偶然柚木さんをお見かけしたことがある。この機会を逃すと次はないと思い、勇気を振り絞り声をかけた。

数々の作品や日本民藝館で開催された個展に感銘を受けたことをお伝えすると、柚木さんは、ほほえんで「今、東京の◯◯で新作の展示をしていますから、ぜひ見に行ってください」とおっしゃった。いや、なんというか、このことばに、そのとき私は改めて痺れたのであった。いま、なのである。

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2018年に南青山スパイラルで購入した紙製バッグ。このとき初めて柚木沙弥郎さんを知る

柚木さんは百寿を迎えようとしている現在も、ますます精力的に制作活動を続けている。私には年々作品が洗練され、挑戦的にさえなっているように思えてならない。過去ではなくいま。その姿勢にいつも刺激を受けている。

連載:装幀・デザインの現場から見える風景
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文=長井究衡

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