その話の流れを受け、ぼくはピッツォ氏に、「ヨーロッパ文化が他の地域文化に対して優位性を失いつつある今、ヨーロッパのラグジュアリー企業は変質せざるをえないと思うけど、彼らはいったい何を考えていると思う?」と質問をしました。しかしながら、彼は困惑した表情で、首を横に振るばかりでした。
それから2年以上の月日が経過しています。この3月もヴァレンティノの動画が日本で問題となりました。ソーシャルメディアの普及でこの種の事件は増える一方となるでしょう。
破綻したあのブランドの過去
他方、当時と状況が変わったのは、どこの企業もサステナビリティの声がより大きくなったことです。それも環境だけでなく、社会的なサステナビリティに関する語りもトーンをあげています。よく使われる言葉にインクルーシブがありますが、上に挙げた文化的(不)平等の動画事例も、この範疇に入ります。そして、名のある企業がその点を強調すればするほど、その本気度が試されます。
というわけで最近、ぼくはこのテーマのウェビナーや記事をフォローしています。「脱植民地」「ポストコロニアリズム」という言葉が盛んに使われています。西洋を中心にした見方は片っ端から撃墜されていくかのようです。
こうしたなかで、1人のアフリカ系米国人と知り合いました。ハーバード大学でファッション史を教えている研究者、ジョナサン・スクエア氏です。
彼は「ブルックスブラザーズと奴隷制」の研究成果の一部を開陳してくれました。ブルックスブラザーズは昨年破綻しましたが、米国を代表する高級ブランド企業でした。米国歴代大統領46人のうち40人までが同社のスーツを愛用してきたのです。そのブルックスブラザーズは奴隷制の上に成立していた企業だった、とスクエア氏は過去の事実を明らかにしていきます。
昨年経営破綻した、ブルックスブラザーズ(Spencer Platt/Getty Images)
米南部の農園主から奴隷たちは綿や麻などの素材を与えられ、自ら工夫して染色し、自分たちの服に仕立てあげました。それぞれのディテールや色にアイデンティティを忍び込ませることで、奴隷たちは表現の自由を獲得しようとしたのです。
一方、農園主たちはよく働く奴隷に北部や海外で生産された生地を贈ることがあります。即ち、素材や生地を使いながら奴隷制のスムーズな運用を図っていたのです。そうして(時に無給の)奴隷によって生産された素材が北部に送られ生地になり、それを使った服がブルックスブラザーズ製であったのです。そしてその服を南部の農園主に売り、ブルックスブラザーズは収益を得ていた実態を、スクエア氏は文献や実物から浮彫にします。