そのDXは本当に効果的か
「『日本のDXは遅れている』という論調を頻繁に耳にしますが、日本の大企業を一律に遅れていると断じるのは誤りです」
そう指摘するのは、ベイカレント・コンサルティング CDOの則武譲二だ。DXに携わる大企業管理職を対象に行った同社の大規模調査では、デジタル技術を駆使した施策がすでに実行フェーズに進んでいるという回答が73%にも達したという。
同社の研究機関「デジタル・イノベーション・ラボ」にてチーフデータサイエンティストを務める小峰弘雅も、近年の日本のDXの躍進は目覚ましいと語る。
「AIの国際学会・NeurIPS 2020において、これまで存在感の薄かった日本勢の論文が相次いで選ばれました。また、デジタル技術は実証段階を終え、ここ1~2年で一気に実装段階へ。まさに、機が熟したと言えます」
だが一方で課題もある。DXを推進しつつも、その技術を最適なかたちで活用できていない企業も少なからず存在する。
「類似の施策が乱立したり、効果の薄いところに力点を置いたりと、効率性を欠く事例が見受けられます。例えば設備維持にコストがかかる資本集約型の企業が、設備でなく『省人化』に注力していたりします。メスを入れるべき部門では抵抗も強くなりやすい、といった背景もあるのでしょう」(則武)
「DX着手の際、ボトムアップでの課題洗い出しから始めるのも一因です。現場の日々の困り事ばかりに腐心するのは効果的とはいえません。必要なのは、自社のビジネスモデルを踏まえて、事業戦略とDXを合致させていく取り組みを、経営層がリードすることです」(小峰)
ビジネスモデルごとの“効く”DX
この観点から同社が確立したのが、「ビジネスモデル」ごとに適したDXを充当するというメソドロジー。売り上げをドライブするポイントや、コストのかかるポイント、すなわち収益ドライバーへデジタル技術の潜在力を直接“効かせる”手法だ。
「世にあるビジネスモデルを経営理論と具体的なユースケースの両面から分析し、6類型・13種に分類しました。そこに適したDXタイプと、実行した場合に期待できる潜在利益インパクトを定量化したのが下の表です」(小峰)
世にあるビジネスモデルを6類型・13種で整理し、処方箋を具体化。複数モデルを併せもつ場合は処方箋も複合型になるが、最大の収益ドライバーに狙いを定める方式は同じ。あらゆる企業に利益改善の潜在力がある。
労働集約型ならば、やはり「省人化」が効果的。資本集約型は設備の故障予測や需要予測、すなわち「未来先読み」にデジタル技術を生かせる。また、SPA等のインテグレーター型企業なら、ユーザー分析を商品開発へ「逆伝播」させて優れた商品を生み出すとともに、調達・製造・営業等、バリューチェーンの各所に改善を施せる。
「『マスプロダクション』では飲食系企業の廃棄率削減効果が絶大です。先駆的成功例として参考になるのは、回転寿司チェーンの『くら寿司』さん。客席にセンサーを設置し、顧客がいつどの皿を取るかをビッグデータ化、そのパターンに合わせて必要最小限のネタをつくることで廃棄を大幅に削減しています」(小峰)
ビジネスモデルに合わせた13の処方箋。試算の結果、ビジネスモデルに最も適合した処方箋を実行すれば、大幅な利益改善を実現できることが判明した。
「前述の大規模調査の回答から、全種のビジネスモデルにおけるDX施策・最終目標・達成状況を把捉し、正規分布のうち上位層の値を元に、統計的に導いた数字です。『コスト削減で27pt改善』や『売り上げ向上で24pt改善』といった最終地点に到達するには少なくとも数年かかりますが、ふさわしいDXを適用しさえすれば、これだけの潜在力を掘り起こせるのです」(則武)
階層・部門の壁を超えて
この合理的手法は、先端的なデジタル知見のみならず、日本企業の全容を俯瞰する広範な視野によって生み出されたという。それは同社のコンサルタント一人ひとりがもつスキルでもある。
「2,000人強を擁するコンサルティング本部には業界による部門の区切りがなく、プロジェクトごとにチームを組み替える仕組みです。結果、各人が業界を横断的に経験します。かつ最新のデジタル知見を共有し、コンサルタントの育成へつなげています」(則武)
実際のコンサルティングは、①ビジネスモデルの分析、②収益ドライバーの把捉、③適合DXタイプの適用および実行、という3段階で進められる。
「ビジネスモデルが組み合わせで成立している場合は、適合タイプも組み合わせで対応。その際、最も注力するタイプを必ず明確化します。また、各タイプの中にもいくつもの施策が組まれていますが、そちらも効果の高いものから優先的に実行していきます」(則武)
クライアントごとに大規模な体制を組み、幅広い階層・部門へ支援を展開。経営戦略に基づく施策が、全現場の理解と納得のもとに進むようサポートする。
「実装から目標達成に至るまで伴走するのが、我々のコンサルティングです。DXのイメージとは裏腹に、人と人の密なやりとりが生命線。デジタルとは決して特別なものではなく、あくまで会社をよくする道具だと考えているからです」(則武)
DXの本質は組織改革
DXを目的化せず、あくまで業績向上の手段ととらえることが本来あるべき姿だ、と小峰も強調する。
「KPIに置くべきは、デジタル化の推進度ではなく業績の伸びです。それも、エスカレーターで2階へ上る程度ではなく、エレベーターで10階に上昇するくらいの目標を掲げていただきたいところです。我々が見いだした潜在利益インパクトは、まさにそのレベルなのですから」
その目標のもと、改革を断行する。それはトップにのみなしうるアクションだと則武は語る。
「DXにあたっては、トップがその意志を強く宣言することが不可欠。加えてそのための環境整備、すなわち各部署のミッション策定・評価制度改定・予算や人材の配分など、組織のリデザインが肝要です。DXは、究極的には組織改革。デジタル技術は組織に新たな力を吹き込み、生き生きとした姿に変貌させるでしょう」
ベイカレント・コンサルティング
https://www.baycurrent.co.jp
則武譲二◎ベイカレント・コンサルティング常務執行役員 CDO。ボストン コンサルティング グループを経て、現職。デジタルにかかわるプロジェクト、ソリューション開発、人材育成などの全体を統括。
小峰弘雅◎ベイカレント・コンサルティング デジタル・イノベーション・ラボ チーフデータサイエンティスト。アナリティクスを活用したテーマに従事。ベイカレントのデータ活用人材開発なども担当。