「はやぶさ2」が持ち帰ったリュウグウのサンプル
また、「はやぶさ2」がリュウグウで行ったオペレーションで特筆すべきは、表層だけでなく、地下のサンプルも採取していること。地表は、太陽の光にさらされていた履歴があると予想されます。ところが地下のサンプルだと太陽光の影響が少ない。要するに、より若いリュウグウの情報が得られる可能性があるのです。
さらに、小惑星ベンヌを対象とするNASAの探査機「オシリス・レックス」が、持ち帰ってくるサンプルと比較した分析が今後期待されます。リュウグウで分かる物質の進化は、リュウグウ独自の現象なのか、小惑星に普遍的に起きる現象なのか、確かめることができる。もしも違いがあったら、小惑星のヒストリーが異なることを示唆します。両方を比較することで、水、有機物、鉱物との相互作用の多様性が観測できるかもしれません。それゆえに、日米双方向の協力によるリュウグウとベンヌの分析比較は、科学的に意義深いものなのです。この2020年代は、目が離せない10年になるでしょうね。
地球外サンプルからアミノ酸の前駆体であるヘキサメチレンテトラミン(HMT)という物質を発見し、2020年に科学誌ネイチャー・コミュニケーションズで発表。さらに、アミノ酸から進化したペプチド分子の新しい分析法の技術開発を行っていて、リュウグウのサンプルにもその存在が期待される。(c) 高野淑識(JAMSTEC)
──そうやって少しずつ分析と実証を積み重ね、科学者たちは謎に迫っているんですね。
高野 その通りです。私が、筑波大学化学系の有機地球宇宙化学研究室(原田 馨 名誉教授・下山 晃 名誉教授の講座)に入った時、最初に、有機分析をする上での様々な“お作法”を習いました。例えば、どうやって“汚染”を防ぎ、どのようにサンプルの情報を上手に取り出すか、というお作法です。そこには、1960年代、月面アポロ計画や火星バイキング計画の過程でできたノウハウをベースにしたお作法も多数ありました。もちろん、後世の私たち自身による新しい開発要素もいくつもありますが、それは先駆者たちのグランドデザイン、磨き上げられたゴールデンルールがあったからこそ。その上に「データ」と呼べるものがあり、さらに最上に、今回のリュウグウ分析のような、チャンピオンデータと呼べるものがある。50年スケールでの技術の継承ですから、感慨深いですね。
自分自身が、科学者として現役の間に人類史上初めての分析を行い、小惑星「リュウグウ」を記載することができるのは、本当に幸運なこと。先人たちへの敬意を持って、分析に取り組んでいこうと思っています。
●Profile
画像提供:JAMSTEC
高野 淑識
TAKANO Yoshinori
国立研究開発法人 海洋研究開発機構(JAMSTEC)
有機分子研究グループ グループリーダー
有機物のスペシャリストとして、「はやぶさ」初号機のサンプル分析(カテゴリー3)にも携わり、「はやぶさ2」では、サンプラーチームとしてオーストラリアでのカプセル回収と分析も担当。分子レベルでの有機物分析、同位体分析などの精密な化学的手法を海、地球、宇宙というフィールドに展開している。将来の夢は、いま、「はやぶさ2」を目の当たりにしている若い世代や子供たちといつか一緒に共同研究をすること。
JAXA’s N0.83より転載。
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