「はやぶさ」初号機が持ち帰った小惑星イトカワの微粒子
──オーストラリアでの「はやぶさ2」のカプセル開封作業は、はやぶさ初号機での経験を踏まえて行われたのですか?
高野 はい。「はやぶさ」初号機でのさまざまな経験値が、非常に良い教訓になりました。だから今回カプセルを回収して、クリーンルームで開封しサンプルの入ったコンテナを取りだす際にも、一番クリティカルに注力しなければいけない勘所がわかっていたと思います。理学および工学のスペシャリストで構成されるサンプラーチームによる各専門分野のゾーンディフェンスは、完璧でした。
まず、コンテナを取り出したあと、クリーンルームの中に設置された特殊な分析ラインに接続しました。そして、コンテナ内のガス採取と分析を同時並行で行いました。日本そしてオーストラリアでは、コロナでのスケジュール調整が難航するなか、何度も徹底的にリハーサルを行いました。それでも本番になると全員、(もちろん良い意味で、良い緊張の中で)殺気立ってくるのが分かりました。息を呑むような瞬間の連続だったのです。意識的にチーム全員で声を掛け合って、深呼吸したり、励まし合ったり、成功の瞬間に立ち会えた幸せをチーム全員で噛み締めました。一人の科学者として、本当に貴重な瞬間でした。
オーストラリアで特設されたクリーンルーム内部の様子。ここでサンプルコンテナから、ガス採取が行なわれた。期待と緊張感が室内に充満している。(c) JAXA、東京大学、九州大学、JAMSTEC
JAXA x JAMSTECの冒険は、新たなステージへ。
──間もなくJAMSTECでも分析が始まりますが、どういうアプローチで行っていくんでしょう?
高野 JAMSTECには、横須賀本部、横浜、それから高知に研究所があります。「はやぶさ2」分析チームは、横須賀と高知の両方で進めていくことになります。横須賀では、九州大学やNASA等と日米欧の国際チームを組み、リュウグウの炭素や窒素などの存在量、同位体組成、無機イオン組成、そして炭素や窒素がどういう有機分子を作っているのか、分子レベルで解析していきます。
高知(伊藤元雄グループリーダー代理)では、主に二次イオン質量分析計という超高性能マシンを軸に、どういう鉱物の組織を持っているのかを調べます。そして、炭素や窒素が入っているとすると、その空間分布を可視化していく。イトカワと違って、リュウグウには水も炭素もあると思われます。ならば、それらが反応して生成した有機物がそこに存在する可能性があるわけです。考えるだけでワクワクしますね。
オーストラリアの現地でカプセルから取り出された直後のリュウグウのサンプルコンテナ。無事にガスを採取し、分析が行われた。(c) JAXA、東京大学、九州大学、JAMSTEC
──高野さんのライフワークでもあり、大きなサイエンス目標である、「生命の生まれる前夜とその夜明け」についてですが、例えば、深夜0時の手がかりは得られそうですか?
高野 シビれるご質問に感謝です。生命が誕生する時刻、つまり、深夜0時の現場検証は、「はやぶさ2」とは別の機会になると思っています(笑)。ただ、海や地球が出来る前の環境が見られる場所って、他にはないことは事実です。惑星ができる前の太陽系の姿を自分たちの手で唯一見られる場所が、リュウグウなんです。そして、炭素や水があって、それらが集積するとやがて海になる。昨年、JAMSTEC吉村研究員が国際会議(LPSC)で発表しているように、リュウグウの鉱物と水が反応し、最初の「塩」の姿が見えるかもしれません。海や地球が出来る前の有機と無機の相互作用について、もっと深く知りたいですね。