オーディオ業界に新風。主役は社員数40人の町工場

大坪正人 由紀精密 代表取締役社長

2020年8月、社員数40人の町工場が初めて開発したアナログオーディオプレイヤーが、96年の歴史を誇るオーディオ専門誌『MJ無線と実験』の表紙を飾る快挙を成し遂げた。中面では4ページにわたって特集が組まれ、「非常に細かい信号が精緻に取り出されている」「正確な質感と豊富な情報量」など、専門家による高い評価がつづられている。

生みの親は、神奈川県茅ヶ崎市を本拠地とする由紀精密。代表取締役社長の大坪正人は、「この商品は、これまで僕たちがやってきたことの集大成なんです」と話す。

金属の精密な切削加工を得意とする由紀精密は、3代目の大坪が2006年に入社して以来、電気電子業界から航空宇宙や医療関連にビジネスの軸足を転換。社内に研究開発部門を設けて、ただ注文に応じて部品を製造するだけでなく、企画から設計、デザイン、開発までを提案できる「研究開発型町工場」へ発展させてきた。

そんな同社にとってアナログオーディオプレイヤー「AP-0」は、製品コンセプトやマーケティングを含め、すべてを自社で一貫して手がける初めての本格的な最終商品だ。高品質が要求されるハイエンドなオーディオ機器は精密切削加工と相性がいい。とくにアナログプレイヤーは精密性が問われる機器で、人工衛星や航空機のエンジン、機械式時計などを手がける由紀精密の技術力が生きる領域だった。

由紀精密はこれまでも3分間以上回り続ける小型で精密のコマなど、自社の技術力を象徴するユニークな製品で社会への認知を広め、本業の顧客獲得につなげてきた。しかし、大坪は「AP-0」について、ブランディングの一環ではなく、「やるからには本業と同等の新たな事業軸として育てていきたい」と意欲を示す。

価格は200万円。高価だが、「想定以上の反響で驚いています。すでに海外からも引き合いがきている」と年内に10台の販売を見込む。数年後、由紀精密に対するイメージは町工場からメーカーに変わっているかもしれない。


おおつぼ・まさと◎1975年、神奈川県茅ヶ崎市生まれ。東京大学大学院工学系研究科産業機械工学専攻修了。インクス(現・ソライズ)を経て2006年、由紀精密に入社。13年より現職。「Forbes JAPAN SMALL GIANTS AWARD 2019」パイオニア賞を受賞。

文=眞鍋 武 写真=アーウィン・ウォン

この記事は 「Forbes JAPAN No.077 2021年1月号(2020/11/25発売)」に掲載されています。 定期購読はこちら >>

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