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難民から考える、日本と世界の「未来」


難民認定を1つの手段に 祖国を逃れた若者と向き合う中で


難民申請の不認定結果を受け取る人や退去強制命令を出される人が、私たちの周りにもいる。唯一希望を抱いていた難民認定にはもう希望がないかもしれないと、肩を落とし怯える人たちがいる。

これは逆説的かもしれない。政府が適切に難民認定しない問題に、正面から向き合っていないとも言えるかもしれない。

本来は命に危険が迫り難民として認めてほしいと逃れてきて、相応な理由を有する人は、国際的なの基準で適切に審査され難民として庇護されるべきなのだ。国連も、人権法もそう定めている。世界には、難民認定されて安心して生きて行ける希望を得た人が大勢いる。

しかし「別に難民になるのが人生の目標ではないんだ。僕は将来こんな仕事をしたい、こんなことを達成したい」と語る若者たちにとっては、難民認定さえ、1つの手段でしかない。難民になることが唯一のゴールではない。

だからこそ、強制送還がなければいいのか、収容施設の外に出れたらそれだけでいいのか、安心して生きられる場所が欲しいという願いをどう作りうるのか。家族を殺されたり、生まれ育った地域を破壊されたり、描いてきた夢を絶たれた同世代の難民の若者たちと向き合う中で悩む。


WELgeeでは月に1回、難民の人たちと市民が出会うサロンを開いている(写真=WELgee)

この国で「難民」として認定されない/できないならば、他になにかしらの方法で、人として生きてゆける道を考えて作ってゆく必要があると私は思う。国民国家体制の下で、ある「政府」が迫害した人を、どこかの「政府」が難民として認定することの限界は、難民問題の根幹として様々に指摘をされてきたが、もはや国連と国家だけが難民問題を解決するアクター(主体)であり、それ以外は踏み込めないとはいっていられない。

いま、企業やプロボノの人たち、そして私たちのパートナーである難民たちと一緒に新しい選択肢を模索し構築している。課題の大きさに打ちひしがれるだけではなく、新しい選択肢を作ろうと言うのは、まさにパイオニア精神をもつ難民の若者たちがやってきたことだ。

入管法に関して、何十年も議論され、批判もされ、何度も改正されてきて、それでも良くなるどころかどんどん逆行していると言われる現状を目の前にそう感じている。

連載:難民から考える、日本と世界の「未来」
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文、写真=渡部カンコロンゴ清花

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