リアルとフィクションのはざまで


redditなどをながめていると、英語圏の人々は、「全産業のオートメーション化」と「ユニバーサル・ベーシック・インカムの普及」による「働かなくても暮らせる社会」の到来を待ち望んでいるように思える。

そしてそれは実際に、実現可能な社会モデルであるようにも思える。COVID-19のパンデミック以降、北米ではロボットの利用によるオートメーション化が順調に進んでおり(*4)、ユニバーサル・ベーシック・インカムの社会検証の結果もあらわれはじめ(*5)、それらが効果的なアウトカムをもたらしうるものであることが、実証レベルでわかりはじめている。

*4 North American companies buying more robots to keep up with demand (https://www.reuters.com/technology/north-american-companies-buying-more-robots-keep-up-with-demand-2021-05-06/)
*5 米国初のベーシックインカム実験に関する結果報告書が発表、その成果は......(https://www.newsweekjapan.jp/stories/world/2021/03/post-95775.php)

私たちはユートピアを実現することができる。理論的にも実践的にも。

しかし、割を食う何者かは確実に存在する。たとえそれが人間でなくとも。

かつてアイザック・アシモフは、ロボットに対して「ロボット三原則」というルールを課すことで、人間中心主義的にロボットを使役する社会を想定した(*6)

*6 ロボット三原則、またはロボット工学三原則:「人間への安全性、命令への服従、自己防衛」を目的として、ロボットに課された3つの原則。アイザック・アシモフのSF小説において、ロボットが従うべきとして示された。

冒頭に例示した、カズオ・イシグロの描いたディストピアもまた、クローン人間を人間の劣位に置いて使役し、クローン人間たちはそれを自らの仕事として、当然受け入れるものととらえているという点では、「三原則」的なルールが背景にあると考えられる──『わたしを離さないで』のクローン人間たちは人間に反旗を翻すことはないし、自らの運命を嘆くことはあっても抗うことはしない。

また、人間たちの側でも、クローン人間たちの権利を叫んだり擁護したりすることはない。それがどのような意志決定プロセスを辿ったものなのかということは作中から読み解くことはできないが、クローン人間たちの学校や働き口が存在するという点から察するに、クローン人間たちの存在は社会インフラと化しているために、彼らに疑問を持つ人はほとんどいないのだと思われる。

あらゆる制度がそうであるように、制度が社会の中に解き放たれたとき、それがどれだけ恣意的で問題をはらんだものであったとしても、あたかもはじめから自明のものであったかのように、社会の中に溶け込んでいくのだ。

文=樋口恭介

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