リアルとフィクションのはざまで


似たような話として、人工の、物理的な脳をつくってしまうことで、脳や機械学習の研究に役立てようとするものもある(*2)

*2 ‘BRAIN-LIKE DEVICE’ MIMICS HUMAN LEARNING IN MAJOR COMPUTING BREAKTHROUGH(https://www.independent.co.uk/life-style/gadgets-and-tech/brain-computer-interface-pavlov-b1839232.html)

人工知能研究は、人間の脳を模倣しながら発展してきたが、実際の脳はハードウェアであり、それはソフトウェア上で再現するにはあまりにも複雑であるために、ならばハードウェアとしての検証用の脳を作ってしまったほうが早いだろう、ということだ。

それは先ほどの人工肺と同様に、ヒトではなくモノである。モノでしかないために、肺と同様、人道に反するものではないと言えるかもしれない。

しかし、脳の機能に目を向ければ、それは学習するモノであり、思考するモノであり、意識を生み出すモノである。もしかしたら感情を持つこともあるかもしれない。あるだろう。なぜならそれは、実際の人間に限りなく近くなることを求められているのだから。

そのときそれは単なるモノだと言えるのだろうか? 私にはそのことがわからない。わかる人はいないだろう。

あるいはロボット。ロボットは現在、オートメーションの道具として使われている。今後もそうだろう。彼らは24時間365日、休まず働くことができるし、そうした働きを期待されている。彼らはそれを苦痛に感じることはない。彼らに感情はなく、故障をしても痛みを感じることはないし、廃棄されても悲しみを感じることはない。

しかし一方で、ロボットに感情を持たせ、人の感情を理解させようとする動きもある(*3)。精神的な負荷の高い感情労働もまた、人の手から引き剥がし、ロボットに引き渡していこうというわけだ。

*3 ロボットが「感情知能」を身につける? 歩き方から人間の気分を“理解”する技術、米研究チームが開発(https://wired.jp/2020/05/20/proxemo-robot-guesses-emotion-from-walking/)

思考する脳を搭載した、思考するロボット。意識を生み出す脳を搭載した、意識を持ったロボット。感情を生み出す脳を搭載した、感情を持ったロボット。人に共感し、ともに笑い、怒り、涙を流すロボット。

──そうしたロボットを私たちは求めているのであり、そうしたロボットがこれから開発され、普及し、当たり前の存在として扱われるようになるだろう。

文=樋口恭介

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