日本人なのに帰国拒否? コロナ禍に空港で起きた「ありえない対応」

コロナ禍で閑散とする成田国際空港。4月に国内2空港で日本人が入国できず、送還される事態があった(Getty Image)


検疫法第5条の規定では、例えばクルーズ船を乗組員や乗客がコロナ陰性であると確認できるまで港に留め置いて、船から降りること(上陸)を許可しないことまでは認められると読むことができます。しかし、日本の領海や領空を通過し、すでに日本の領土内にいて帰国しようとする日本人を管轄圏外に追放し、外国に送還することまでを許可すると読むことはできません。

世界的に認められている「中核的な人権」をはく奪


さらに、憲法第22条には以下の定めがあります。

「第二十二条 何人も、公共の福祉に反しない限り、居住、移転及び職業選択の自由を有する。何人も、外国に移住し、又は国籍を離脱する自由を侵されない」

上段に「公共の福祉に反しない限り」という条件があります。新型コロナウィルスは場合によっては死に至る可能性のある感染症のため海外から帰国した人が陰性だと証明されるまで一定の宿泊施設などに留め置くことは、行政府に認められた行為であると言えるでしょう。

先月日本から追放・送還された日本人についても、陰性かどうか確証できるまで空港内の施設に留め置けばよかったわけです。しかし、憲法第22条はそれ以上の「自由」をはく奪(今回で言えば国外追放)することを行政府に認めたと読むことはできません。

ところで、この憲法第22条には明記されていない、国際的に認められているきわめて重要な基本的人権があります。「日本人が日本に帰国する権利」です。世界人権宣言第13条の2項は以下の通り定めています。

「すべて人は、自国その他いずれの国をも立ち去り、及び自国に帰る権利を有する」

つまり、日本人(あるいは日本に永住権を持つ外国籍を有する人)が日本に帰る権利は、世界人権宣言に定められるほど中核的人権であると、世界的に定められているのです。現在の世界は主権国家から構成されており、いずれかの国に属し、いずれかの国に合法的に入国・在住することができないと、基本的人権を享受することが極めて難しい仕組みになっているからです。

どの国にも属さず、どの国からも自国民だと認められない「無国籍者」がいかに劣悪な環境に置かれ続けられるかは、ロヒンギャ難民の状況を見れば明らかです。また「国」が無い人々、パレスチナ人やクルド人なども代表的な例でしょう。だからこそ、ハンナ・アーレントは国籍や市民権を「人間としての権利を享受する上で最も根本的な権利」と表現したわけです。

世界人権宣言13条で謳われた権利は、日本が1979年に批准した「市民的及び政治的権利に関する国際規約(自由権規約)」により規定されています。同規約の第12条4項は「何人も、自国に戻る権利を恣意的に奪われない」と明記しており、この条項に日本は留保を付していません。批准を検討していた1970年代の段階で、憲法第22条を含め国内法のいずれの条項にも抵触しないと判断されたからこそ、留保を付さなかったと解するのが自然でしょう。

ここで問題となるのが、日本の管轄圏内にすでにいる日本人を管轄圏外に追放し国外に送還したことが「恣意的だったかどうか」です。自由権規約委員会は「恣意的か否か」の判断において、(1) その行為の根拠が国内法に明記されているかどうか、また (2) その行為が目的に鑑みて妥当で合理的だったかどうか(比例性の原則)が重要だと言っています。
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文=橋本直子

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