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シネマの女は最後に微笑む

ライアン・ゴズリング(左)とミシェル・ウィリアムズ(右)Sean Gallup / Getty Images

ゴールデンウィーク中、「去年の今頃、いや2年前、3年前の今頃は何をしていたんだっけ」ということが頭をよぎった人は、多いのではないだろうか。どこかにでかけるのも人と会うのも、何ひとつ制限なくできていたあの頃。長引くコロナ禍で生活が一変する前の出来事が、ずいぶん遠くに感じられる。

ワクチンが行き渡っても、もう完全に元の世界に戻ることはない。私たちは以前にも増して、常に新しい感染症を警戒しながら生きていくことになるだろう。

この不可逆性、取り返しのつかなさはしかし、個々の人生にも常につきまとっているものである。

『ブルーバレンタイン』(デレク・シアンフランス監督、2010)はそんな人生の一断面を、愛の始まりと終わりを通して描いた佳作。「最後に微笑む」ドラマではないが、男女の決定的なすれ違いを酷薄なまでに見据えて、高い評価を得た。

描かれるのは、ある一組の夫婦、ディーン(ライアン・ゴズリング)とシンディ(ミシェル・ウィリアムズ)の間の微細なずれがみるみる深くなり、破局に至るまでの1日半。そこに、彼らが出会い恋に落ち困難を克服して結婚に至るまでの経緯が、随時挿入されていく。

どんよりと重苦しい空気が支配する今の2人と、ひたすら希望に向かおうとしていた若く情熱的だった日々。この過去と現在の対比は、物語の進行につれて鮮やかさを増し、見る者の胸を締め付ける。

ビジュアルの変化も時間の経過に対応しており、ほんの4、5年前までは若々しく溌溂としていた2人が、今では生え際の後退した男、緩んだ体型の女となっているのがなまなましい。

恋愛感情を長続きさせるのは難しいと言われる。愛は4年で終わる説もある。だがそれにしても、どうしてこんなふうに終わってしまうのか、終わらなければならなかったのか……。現在と過去を往復するこの物語を、ここでは時系列に沿ってざっと辿ってみよう。

医学生だったシンディがまず知り合うのは、地元のレスリングチームに所属するボビー。だが付き合い出してまもなく彼女は、ボビーのマッチョな思いやりのなさに失望する。

父が極めて支配的だった家庭に育ったシンディは、父とは違う男性像を求めていたのだろう。のちに明らかになる早い性体験や交際人数の多さは、彼女の家庭環境に起因していたのではないかとも思わせる。

そんな折、シンディは祖母の入っている介護施設で、引っ越し屋のアルバイトをするディーンに出会う。ディーンという青年の特質は、仕事の枠をはみ出して、新しく入居してきた退役軍人の個室を丁寧に飾り付けてあげる場面に現れている。この人は、実際的な仕事よりも小さな幸せを大切にしたいタイプなのだ。

シンディに一目惚れしたディーンの猛アタックに、シンディも応えていく。いつもウクレレを持ち歩き、楽しいジョークを連発する優しい瞳のディーン。夜中の街角で、ディーンがウクレレで歌うのに合わせてシンディが最初は少し控えめに、徐々に乗ってきて大胆に踊るシーンは、恋愛初期の高揚感でキラキラと輝いている。互いの感覚と感情が触れ合ってスパークするような瞬間、それは後にも先にも一回しか来ない僥倖そのものだ。

やがてボビーの子供を妊娠していることを知ったシンディと、ディーンとの間に、最初の高い壁が生じる。ここを乗り越えられるかどうかが試される場面で、ディーンはあらん限りの辛抱強さと包容力を発揮する。崩壊した家庭で育った彼の中には、愛し合う人との生涯の結びつきを求める気持ちが何より強かったのだろう。

文=大野 左紀子

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