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シネマの女は最後に微笑む


あの魅力的だった人はどこへ行ったのか


時は過ぎて、一人娘フランキーを可愛がる現在のディーンはどこから見ても子煩悩なパパだが、シンディとの間には夫婦の微妙な温度差が感じられる。

生活に疲れ、不機嫌になりがちなのはシンディだ。それがその日に始まったのではないことは、フランキーを預けに行った実家で父から「また喧嘩か?」と言われるところからも推測できる。

気分を変えてモーテルで2人だけの時間を持とうというディーンの提案は、シンディにとってはもはや的外れなものでしかない。

自分は看護師として働き次のステップを目指して頑張っているのに、夫は朝からビールを飲み、気楽な塗装屋の仕事に甘んじている。さまざまな才能に満ちていたあの魅力的な人はどこに行ったのか。「何かやりたいことないの? 歌とか絵とか」というシンディの問いかけに、ディーンはただ「家族のために働く」と答える。

シンディの夫になり、その子供の父になる。それがディーンの終着点だった。それ以上の望みは彼にはなかった。だがシンディにとっては、それはやっと立ったスタートラインに過ぎなかった。ずっと見つめ合っている関係を望んだディーンと、共にそれぞれの目標に向かって歩いていきたいシンディ。仕事に対する価値観も人生に対する構えも違うのだ。

もっと階層の上のカップルなら、夫婦の危機に際して冷静な話し合いを重ねたり、一緒に精神分析医にかかってみたり、あるいは割り切って仮面夫婦を続けるかもしれない。

そういう「誤魔化し」ができなかったのは、2人が若くて何も持たず、ひたすら愛だけで突き進んできたからだろう。

「未来」という名前のついたどこか寒々しいインテリアのモーテルの一室で、まったくセックスする気のない妻のなげやりで挑発的な態度は、ディーンをひどく傷つける。

悲しみと怒りに突き動かされてついに暴発し、誰が見ても取り返しのつかない地点まで来た後でも、まだやり直しを求める彼の姿は痛々しく気の毒でさえある。しかしディーンは残念ながら、意識の上ではシンディから何周も遅れていた。

そのことは、ドラマ冒頭の犬にまつわるエピソードで、すでに語られている。

早朝、戸外で飼い犬の名を呼ぶ幼い娘フランキーの声。ケージが開いており、どうやら鍵をかけ忘れたのはシンディで、犬が脱走したことがわかる。その後職場に向かう途中で、車にはねられて死んでいる犬を発見するのはシンディだ。その遺体は夫婦によって草むらに埋められ、その日、娘には知らされない。

短く挿入されているこの不吉なエピソードこそ、シンディの心の状態を象徴している。姿の見えない犬を呼ぶフランキーの声は、「愛は消えた」というシンディの叫びである。犬は2人の愛のメタファーであり、死んだ犬をディーンではなくシンディが発見するのは、彼女の方が一歩先に、関係の終わりを予見していたからにほかならない。

結婚式での2人の嬉し涙と、どうしようもない決裂の涙が重なってくるドラマの終末は残酷だ。その分一層、彼らが共に賭けた愛の純粋さと儚さが、痛切に胸を刺す。

連載:シネマの女は最後に微笑む
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文=大野 左紀子

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