それに対して、スペースXが提示したのが「スターシップ」だった。この巨大な宇宙船は、約6カ月続くミッションで数十人を乗せて火星へ到達できる設計だ(火星へのミッションについては、マスクは欧州宇宙機関[ESA]の野心のなさを責めつつ、2030年までに準備できると主張している)。
スターシップは月面着陸ミッションには大きすぎるが、宇宙船の全面的な再利用を約束している。再利用の技術的課題については、スペースXはしばらく前から複数回の試験や打ち上げを実施し、準備を進めてきた。安全策に走りがちな政府機関であるNASAにとって、これほど大胆なプロジェクトを支持するのは異例の賭けとなるが、関係する規模における劇的な変化を考えれば頷ける話だ。
スペースXがNASAの契約を獲得したことは、火星到達という野心をもつ同社にとって重要であるいっぽうで、NASAにとっても規模の変化を示すものだ。これまで、NASAがめざせることと言えば、年に1回、20億ドルをかけた1基の大型宇宙船を打ち上げることくらいだったし、打ち上げた宇宙船は海に消えていた。だが今回の契約により、最大100トンの積み荷を運び、しかも毎月1基の宇宙船を準備し、それを数十回にわたって再利用することを検討できるようになったのだ。
打ち上げ回数が増えれば、経験が増え、したがって規模の経済の効果も拡大する。20億ドルで、2週間ごとに100トンの物資を宇宙へ打ち上げられるのなら、宇宙開発計画の次元はまったく違うものになるだろう。
規模の経済というマスクのビジョンは、またもや、ひとつの業界全体を変える道になろうとしている。今回NASAを納得させたのは、規模の問題と、純粋な経済的ロジックだった。スペースXは、それまで競合相手が考えたこともなかった規模を実現することで、まったく新しいゲームのルールを設定した。これにより、古いルールでプレイするライバルたちをよそに、コスト削減を見越し、無敵の価値提案を生み出せるようになったのだ。
業界を支配するルールが、石に刻まれた不変のものだと考えているのなら、これでわかっただろう。新しいアプローチが入りこむ余地は、つねに存在するのだ。