一流剣士に学ぶ、人の心をつかむ方法

筑波大学の准教授 鍋山隆弘八段

「日本一難しい」と言われ、合格率が毎年1%を下回る試験をご存知だろうか。剣道の最高位、八段審査だ。合格するのは、トップの中でもさらに一握り、まさに一流という言葉がふさわしい剣士だ。

筑波大学の准教授、鍋山隆弘八段がその一人。若い頃から圧倒的な強さを誇り、剣道界では「伝説の剣士」と呼ばれてきた。2021年4月に行われた全日本選抜八段剣道優勝大会では、初出場ながら準優勝を果たしている。

一流なのは、剣道だけではない。鍋山八段は交友関係が広く、国内の経営者やグローバル企業の役員、医師、文化人らから慕われている。彼の何が人々を惹きつけるのか。仕事や私生活にも活かせるその“力”について聞いた。

間合いと気配り


剣道では、面・小手・胴・突きの4つの打突部位を打ち、勝敗を競う。一見、ただ打ち合っているだけのように見えるが、「打って勝つな、勝って打て」という教えがあり、攻めて打突をするまでの過程を非常に重視する。強い剣士ほど、打突の前に多くの駆け引きをしているのだ。

そしてこの駆け引きにおいて重要なことの一つが「間合い」だ。人との会話で言えば「どう心をつかむか」に近い。自分の動きが相手をどう動かすか、相手が何を感じるか、予測して先回りして行動する。

鍋山八段は、この間合いの取り方が剣道においても、人間関係においても抜群に上手い。目上の人が何をしようとしているか、何を欲しているのか先回りして考え行動するのはもちろん、下の世代や外国人にも細かく気をつかい、必要であれば言語化して丁寧に説明する。



「人によって歩んできた道のりは異なります。年代や国が違えば価値観も違う。『こんなこともできないのか』と頭ごなしに怒るのではなく、相手の話に真剣に耳を傾けて、相手にとって必要なことを伝えるようにしています」と鍋山八段。

初心を忘れないために、他競技から学ぶことも多いという。

「この年になっても色々とスポーツには挑戦しています。上手くできないと、悲しい気持ちになります(笑)。指導を受けていて、一つできたとしても、他にできないことをどんどん注意されるとできていたこともできなくなってしまう」

入社したばかりの社員に「こんなことも分からないのか…」とイライラしてしまったことはないだろうか。仕事においても、年長者や経験者が当たり前にできること(かつてはできていなかったこと)を初心者は一生懸命学んでいる。

組織をスムーズに運営していくためには、上司だけでなく、部下や後輩にも気を回さないといけない。多様性が求められる組織や社会においては、「自分にとって当たり前であっても、相手にとっては当たり前ではないかもしれない」と前提を疑い、対話することは今後ますます重要になってくるのではないか。
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文・写真=佐藤まり子

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