一流剣士に学ぶ、人の心をつかむ方法

筑波大学の准教授 鍋山隆弘八段


もう一つ印象的なエピソードを紹介したい。筑波大学の剣道部は名門と名高く、全国で活躍したトップ剣士たちが推薦学生として入学する。2021年3月に行われた全日本剣道選手権大会では、筑波大学の4年生松崎賢士郎選手が優勝、星子啓太選手が3位を獲得したほどだ。

一方で、筑波大学の剣道部は一般学生・留学生にも広く門戸を開放している。部活によっては、実力差が原因で部員同士が殺伐としてしまうケースもあるが、筑波大学の学生たちは仲が良く、留学生にも優しい。

「一般学生や留学生たちとは剣道の実力差があるかもしれないが、10年後20年後、彼らが社会に出た時に、必ず助け合えるはず。お互いの強みや特技を尊重し、人間関係を築いていってほしい」と鍋山八段。



筑波大学には芸術系の学部もあり、松崎・星子選手たちが全日本選手権に出場する際、書道を学ぶ部員が名札を作ったそうだ。彼らが卒業する際には、揃いの名札も制作している。

過去には、北米トヨタのヴァイス・プレジデントであり元アメリカ剣道代表のクリス・ヤング氏が同剣道部に留学していた。ヤング氏に限らず、剣道を嗜む海外剣士の中には国際弁護士や一流企業に勤めるビジネスマンなども多い。

「私は剣道を長く学んできましたが、一流のビジネスマンである彼らから仕事の話を聞くことで人生が豊かになっていると感じます。剣道という縁を通して、剣道の枠を超えたユニークな経験をさせてもらっています」



自分の世代の負の遺産を、下の世代に残さない


最後に、鍋山八段が心がけていることを紹介したい。「自分がされて嫌だったことを、下の世代にしたくないし、悪い慣習は断つべき」だ。

剣道に限らず、スポーツの世界では体罰や理不尽な要求、嫉妬など、競技とは関係ないところでのドロドロした人間関係が若い競技者を潰してしまうことがある。「武道における理不尽な上下関係が嫌でやめた」といった声も珍しくない。

「年齢や肩書き、実力など、なんらかのパワーバランスが働く場合は、弱い立場にいる人がどんな圧力を感じるか、上の立場の人はより強く意識しておかなくてはならない」と鍋山八段は語る。

元をたどれば、剣は人を殺める技術だ。しかし、人を思いやる「礼法」を非常に重視する。礼法は、相手への思いやりを形にしたもので、真剣に生命のやりとりをするからこそ、相手を最大限尊重しようという思想が根底にある。それは利害関係者に対してだけではなく、広く平等に、自分に関わる全ての人に向けられるべきものだ。

文・写真=佐藤まり子

ForbesBrandVoice

人気記事