撮影開始から10分が過ぎたころ、スタッフが「撮影に時間がかかってすみません」と話しかけると、楽天グループCWO(チーフウェルビーイングオフィサー)の小林正忠は間髪入れずにこう答えた。
「いえいえ、全然。いまを楽しむのがウェルビーイングの基本ですから」
ウェルビーイング。幸福や、心身ともによりよい状態を示す言葉だ。元は医療や社会福祉などの分野で使われていた言葉だが、近年は働き方や職場環境を見直す指標にもなっている。
「バシッとハマった」
そのウェルビーイングを組織開発の中心に据えて、企業文化の醸成に取り組むのが楽天グループだ。けん引役を担うのが、2019年からCWOのポストを務める小林である。楽天の創業メンバーの一人で、同社の祖業であるショッピングモール事業責任者や米国本社社長を歴任してきた。
「創業メンバーとして企業文化をリードしてきたという自負があるのと、17年からサステナビリティ部門も担っていたので、コロナ以前からずっと社会のウェルビーイングを考え続けていました。しかも、自分が幸せな人生を送ることができていると言い切れる。ウェルネス部、エンプロイー・エンゲージメント部、サステナビリティ部を管掌する自身のタイトルをCWOにしたとき、全部のピースがバシッとハマった感じでした」
楽天グループには、創業から続く企業の価値観を示した「楽天主義」が根付いている。この楽天主義をベースに、人事関連はヒューマンリソース部門が担い、CWOはウェルビーイングを柱にコーポレートカルチャー部門を統率する。
しかしなぜ、楽天はウェルビーイングを企業文化醸成の軸に据えるのか。この問いに対して、小林は言う。
「たとえ素晴らしいビジネスモデルがあったとしても、どんな価値観をもつ人や組織が運営するかによって質が変わる。だから企業文化は極めて大事です。創業から楽天が取り組んできたのは、各地の素晴らしい製品や技術をもつ組織や人のプラットフォーマーとして、日本を元気にすること。その意味では、創業から多くの人たちや社会のウェルビーイングを考えていた企業だと言えます」
企業文化を重んじる背景には、楽天グループを取り巻く市場環境の変化もある。グローバル企業として事業を拡大する過程では、買収や提携を通じて急きょ、異なる文化背景や価値観をもつ人々とともに仕事をする機会が生じる。時には数百人単位で従業員を新たに雇用することもある。そこで課題になるのが、企業文化の共有だ。
「サステナブルな経営をするためには、ウェルビーイングの視点が求められます。そして企業文化が保たれる仕組みをデザイン することは、ビジネスモデルのデザインと同様に価値が高いと考えています」
実際、それはどんな仕組みなのか。
楽天グループでは、個人、組織、社会の3つの層からウェルビーイングをとらえている。そのうえで、各層への施策を打つ専門部署を配置している。