人工知能(AI)、モビリティ、ブロックチェーン、ドローン、IoTなど4IR(第4次産業革命)の新興技術は、パンデミックの世界で非常に大きな役割を果たしてきた。しかし、一方でテクノロジーには、既存の規制や枠組みではカバーしきれないギャップをすり抜け、意図しない有害な結果をもたらす可能性も潜んでいる。そこで必要とされるのがテクノロジーの責任ある設計と実装、すなわち「テクノロジーガバナンス」だ。
近年、グローバルにビジネスを展開する巨大プラットフォーマーがそれぞれのビジネスに即したルールを整備し、デファクトスタンダード化が進んでいる。デジタル格差が世界経済の発展を阻むものとなってはならない。そのためにも、テクノロジーガバナンスは喫緊の課題なのだ。
デロイト トーマツが主導した「第1回グローバル・テクノロジー・ガバナンス・サミットGTGS)」開催記念セミナー「グレート・リセットの鍵をにぎるテクノロジーガバナンス」には、そのソリューションとなる多くの学びが溢れていた。本稿では、前橋市長の山本龍、NECの吉崎敏文、Code for Japanの関治之の3人の鼎談にフォーカスし、スマートシティ構想を加速する民間と行政の理想的な関係構築、さらにはそのつながりがいかなる可能性となるか、実践者たちの最前線に迫った。
世界経済フォーラム(WEF)は4月6日〜7日、4IRテクノロジーの課題に向けて分野横断的な行動を促すため、GTGSを日本をホストとしてはじめて開催した。デロイトは20年以上にわたってWEFと戦略パートナー関係にあり、グローバルテクノロジーガバナンスレポート 2021も共同で執筆している。そうした実績から、同サミットのメインテーマであるテクノロジーガバナンスの重要性をWEFと共に世界へ発信すべく、GTGSサイドイベントとして開催記念セミナー「グレート・リセットの鍵をにぎるテクノロジーガバナンス」を同5日にオンライン開催した。
スマートシティの可能性とテクノロジーガバナンス
開催記念セミナーで特にフォーカスされたのは、4IRの最大公約数ともいえるスマートシティにおけるテクノロジーガバナンスの問題だ。「スマートシティの可能性とテクノロジーガバナンス」と題したパネルディスカッションでは、スマートシティにおいて先進的な取り組みを行いスーパーシティ型国家戦略特区へも名乗りを上げている前橋市長の山本龍、スーパーシティへの取組みを積極的に支援する日本電気(NEC)の吉崎敏文、そして全国のさまざまな地域課題をIT技術を活用して解決することを目指すCode for Japanの関治之が登壇し、白熱した議論が交わされた。
山本はまず、前橋市がスマートシティを推進するきっかけについてこう切り出した。
「最初はイタリア発祥のスローシティを目指していましたが、スローシティに多くの若者が戻ってくるためにはテクノロジーが必要です。ある人材会社の調査で、インターネットで『前橋 アルバイト』と検索した東京在住の人もいると聞き驚きました。その方たちが戻ってきてくれる都市をどうやってつくっていくかと考え、行き着いたのが『スーパーシティ×スローシティ』です」
つまり、スローシティに政府が推進する「スーパーシティ構想」を組み合わせた取り組みだ。
その一環として前橋市が最も力を入れているのが「まえばしID」だ。マイナンバーカード、スマートフォン、顔認証をひも付けたこのデジタルIDを山本は「社会への参加証」と位置付けている。合わせて、高齢者などにスマートフォンを配布することも検討しており、デジタルデバイド(格差)が生じない社会を目指している。まえばしIDの活用によって「みんなが力を合わせられますし、障害のある方たちも共に、テクノロジーの力によって一緒に社会を支えることができます」と山本はビジョンを明かす。
そのまえばしIDを柱とする前橋市のスーパーシティ構想をインフラ面から参画を予定しているのがNECだ。吉崎は、まえばしIDがもたらす利便性についてこのように説明する。
「日本には古来、顔パスという文化がありましたが、デジタルであってもお互いを知ったうえでの信頼を基盤として、さまざまなことが可能になります。例えばまえばしIDがあれば乗り物に乗ったり、買い物をしたり、医療機関の受付をしたりといったことが、将来簡単にできるようになります」
テクノロジーが信頼を担保することで、さまざまなサービスに簡単にアクセスできるようになる。吉崎はそんな社会の実現を見据えている。利便性の高いデジタルIDだが、課題もある。1つは個人情報保護への対応だ。
個人情報について吉崎は「一律に考えるとデータ活用が進まなくなるため、3つのレイヤーに分けて考えるべき」と提言する。1つ目のレイヤーはエッセンシャルデータと呼ばれる機密性の高いデータで、自分のところに止めておくべき性質のもの。2つ目は共有したい部分だけ共有するレイヤーで、3つ目は公にして利活用するレイヤーだ。そうすることで、より多くの人がデータ利活用による恩恵を受けられる社会が実現するというのが吉崎の主張だ。
一般社団法人 コード・フォー・ジャパン 代表理事 関治之
一方、利用者側の意識を高めるためにはどうすればよいのだろうか。関は「オプトイン」を取り入れるべきだと提言する。
「“このサービスに私は情報を提供します”というふうに市民にその都度許可を取るオプトインという考え方が有効で、そういうことを意識的にやることでデータは守られます」
しかしそれは、市民の情報がどう扱われているかを行政がしっかりと監視することが前提となるだろう。つまりテクノロジーガバナンスの問題がここでも浮かび上がってくる。山本も、「テクノロジー導入に伴う、プライバシー保護などのガバナンスは大前提であって、行政の責任はそこにつきる」とその重要性を認識している姿勢を示す。
写真右から、日本電気株式会社デジタルビジネスプラットフォームユニット長兼執行役員常務 吉崎敏文、前橋市市長 山本 龍、デロイト トーマツ コンサルティングDeloitte Digitalスペシャリスト 若林理紗。
スマートシティへの市民参画への鍵は、信頼と透明性
ガバナンスが正しく機能することは、市民からの信頼獲得にもつながる。山本は、テクノロジーの力を利用して市民が連帯することがこれからの社会では不可欠だという。
「人口が減少する中、あらゆるサービスを市役所だけが提供していくのは不可能です。行政と市民がお互いに信頼し合って連携していくべきですし、それをつなぐのがまえばしIDです。個々人の市民が信頼を結び合った連帯でしか、社会はよくならない。これが私の信念です」
信頼関係の構築は関も重視するところだ。Code for Japanでは、これまでも数々の民間主導によるオープンデータの取り組みを実現し、民間と行政の信頼関係の構築に寄与してきた。行政がもつさまざまなデータをできるだけオープンにしていくことは、民間との信頼が構築されるだけでなく、民間企業や市民が関わることでさらなる別の課題解決にもつながる。例えば避難所の情報は、ただホームページに掲載するだけでなくデータを活用してさらによりよいサービスが生み出されることにもつながるという。加えて関は、物事が決められるプロセスにおける透明性も重要だと指摘する。
「重要なことに関しては、誰がどのように決めたのかを共有すべきですし、決めている途中にももっと意見を入れるべきです。例えば加古川市では、バルセロナなどで使われている『デシディム』という市民参加型プラットフォームを導入しました」
加古川市がインターネット上に公開したスマートシティ戦略の骨子に対し、登録さえすれば誰もが意見をいうことができるのだ。意外だったのは、登録者の約半分が高校生だったことだ。学校の授業に取り入れられているのだという。
関によると、テクノロジーの飛躍によって、市民の行動が行政を動かしやすくなったという。例えば流山市では、営業自粛で困っている飲食店を支援しようと市民が立ち上がった。エンジニアリングを学んだことのない人たちがノーコーディングツールを使ってテイクアウトマップのサイト作成に取り組んだところ、行政の協力を得ることができた。そうして完成したサイトは、広く市民に利用されている。
あるいは神戸市では、AI防災協議会が推進するLINEを活用した災害情報共有システムの構築を支援している。消防署だけでは、市内で発生する災害状況を把握するのに限界がある。それをテクノロジーと市民の連帯によって解決しようという取り組みだ。災害発生時、あるいは災害が予想される際に、近くにいる登録者がLINE上で報告すると、1万人以上の登録者が即座に状況を把握し、災害に備えることができる。行政と市民がつながることで社会課題を解決できる時代が来ているのだ。
しかし、すべての自治体が市民と幸福な関係を築けているわけではなく、現状は二極化しているという。市民と関わることに煩わしさを感じ、非協力的な態度をとる自治体も少なくない。両者を分けるのは、市民との関わりを前向きに捉えることができる現場職員が多いか否かなのだ。
スマートシティの実現には、ほかにも課題がある。各地域のスマートシティに相互運用性がないことだ。日本の多くの基幹システムが抱える難しい課題だが、関は、スーパーシティのような国が推進する構想に関しては国が予算をつけ、共通レイヤーをつくるべきだと提言する。
それができなければ、特定のベンダーしか触れることのできないシステムが構築されてしまう。スマートシティがそうならないためには、市民側が主導権を握るべきだという。関は「自分たちが主体的にまちづくりを考える必要がある」と述べ、セッションを締めくくった。
「我々は『DIY都市』というプロジェクトを進めています。地域の人たちがテクノロジーを特別なものとして使うのではなくて、武器や道具として使う社会にしていくべきです。それぞれの地域のビジョンは違っていいと思います。それを考える中間層の集団やグループをつくるお手伝いをしたいですし、そういった方向に進むといいと思っています」
WEF年次総会ダボス会議に向けて
加速度的に進むテクノロジーの発展や新型コロナウイルスのパンデミックにより既存の枠組みやルールが通用しなくなっているなか、WEFが果たす役割はこれまで以上に大きくなっている。
今回の記念イベントで議論されたアジェンダは、8月にシンガポールで開催予定の年次総会(通称ダボス会議)にもつながっていく。デロイト トーマツにおいてWEFに関わる活動をリードするデロイト トーマツ コンサルティング経営会議議長 パートナーの川原均は、日本がプレゼンスを高める絶好の機会だと捉えている。
「日本は一歩下がったところで議論に参加することが多いですが、今回が、どういった未来社会をつくるべきか、日本の考えを主張できるラストチャンスなのではないかと思っています。日本企業は『三方よし』の考え方から醸成されたステークホルダー資本主義の歴史を背景に、持続可能なビジネスモデルや災害に対するレジリエンス、社会的な結束、自然環境との共生に通じる価値観を長きにわたり実践してきました。コロナ禍に直面しているいまこそ、日本はこの『実践知』を生かし、国際ルール・メイキングの環境づくりに貢献するルールシェイパーとなって、分断の危機にある国際協力の絆を再構築するための独自の貢献をするべき時なのです」
デロイト トーマツのイノベーション創発施設Greenhouse 「マインド・チェンジング・トンネル」