未来のヒントは現場にある
──従来の価値観が通用しない状況下において、私たちはいま、どのような視点をもちながら「これからの仕事や組織」を考えるべきでしょうか。
マニュアル通りにいかない、もしくはマニュアルがない場所に立ったときに頼りになるのは、自分の身に起きるちょっとした違和感や疑問を大切にすることだ。この世界に起きていることは、私たち一人ひとりが直面している小さな問題からとらえ直すことができるというのが人類学の根本にある発想だ。
日本で生活をしていると、世界はGAFAなど、権力や知名度がある人が動かしているように見える。しかし、影響力のある人や組織の動きよりも、名もなき社会の片隅に生じていることからとらえるほうが、この世界をよりよくすることにつながると人類学では考える。
私たちの身の回りには教科書やメディアで言われている常識とは異なる論理で動いていることが数多くある。そして私たちは日常的にそれらに出合っている。現場で何が起きているのか。人々がどう考えているのか。そこに目を向けるなかで価値観や常識のとらわれに気づき、自分なりに物事を考え直したり問い直したりすることを、私は人類学者としてトレーニングされてきた。
例えば、エチオピアの村でフィールドワークをしていると、社会は誰かが設計した制度にのっとって回っているのではなく、実は制度とほぼ無関係に動いている人々の動きで成り立っていることがわかったりする。そこで重要なのは、何が起きているかをきちんと見ることだ。
東日本大震災のときもそうだったが、非常事態が起きたとき、これまでの仕組みの問題点や、変わりゆくべき方向性がパッと可視化される。都市でいえば、満員電車に揺られて通勤することや、電力の大量消費などがそれに当たる。しかし、状況が落ち着くにつれてなかったかのようにされ、既存のロジックが続いていく。つまり、多くの人は重要な変化へのヒントをつかみ損ねているのだ。
──日常の業務や暮らしを通じて、私たちはすでにこれからの仕事のあり方や企業のあり方のヒントに出合っている。それにもかかわらず、つかみ損ねているのはなぜでしょうか。
理由の一つは、大きな言葉や既存の枠組みでとらえようとすることにある。
SDGsやDX、Society 5.0など、私たちはつい大きな言葉で物事をくくりがちだ。実感が伴わないまま抽象化された概念に物事を当てはめてしまう。その結果、小さな差異や特徴がこぼれ落ち、概念と実態がどんどん乖離していく。ありきたりな言葉で表現した瞬間に、自分がつかんだはずの疑問点や変化の芽が塗りつぶされてしまうのだ。
これらをすくい取るためには、現場で感じた違和感を手放さないことが重要だ。未来はすでに一人ひとりの目に映っている。それらをすくい取り次の動きに変えていくことができるかどうかは、私たちが魅惑的なフレーズに目を奪われることなく、問いに向き合い続けられるかどうかにかかっている。
まつむら・けいいちろう◎岡山大学文学部准教授。専門は文化人類学。エチオピアや中東でフィールドワークを続ける。著書に『うしろめたさの人類学』(ミシマ社)、『これからの大学』(春秋社)など。
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