国内外を飛び回りカルトブランディングの研究を続ける、Forbes JAPANオフィシャルコラムニスト田中森士は、新著『カルトブランディング 顧客を熱狂させる技法』(祥伝社新書)の中で、パンデミックに伴う環境変化などを理由に、カルトブランディングの必要性が高まっていると指摘する。また、ひとたび信者となれば「非合理的な献身」を示すようになるという。
その秘密はどこにあるのか。今回は釣り具ブランドのカルトブランド事例からひも解く。(以下の原稿は同書の一部を抜粋)
(前回の記事:スズキの名車ジムニーはなぜ多数の「信者」を獲得したのか?)
世界中に存在する「がまラー」
「がまかつ」は、釣り人があこがれを抱くプロダクトを世に送り出し続けている、日本の釣り具ブランドだ。
特徴的な赤と黒のカラーリングの竿は、釣り場となる磯で視線を集める。高価格帯の商品も多いが、品質と使い勝手のよさで釣り人からの信頼は厚い。「がまかつ」や「Gamakatsu」と書かれたステッカーが、車に貼ってあるのを見たことがある方も多いだろう。
がまかつのロゴ(GAMAKATSU PTE LTD提供)
熱狂的なファンのことを「がまラー」と呼び、これはカルトブランディングで言う信者に相当する。がまラーは世界中に存在し、ブランドがグローバルに人気を獲得していることの証左である(一方で、アジア圏を中心にがまかつ製品を模倣した品が流通するなど、人気ブランドならではの悩みもあるが)。
カリスマ創業者、日本各地の釣り名人と友達に
がまかつが誕生したのは1955年の春。兵庫県西脇市蒲江(「がまえ」と書いて「こもえ」と読む)において、釣り鈎(ばり)メーカーとして産声を上げた。名前の由来は、「蒲江の繁克」。創業者である藤井繁克氏が、将来世界のどこに行っても自分のルーツを忘れないようにとの意志を込めて名付けた。
当初は他メーカーから鈎を仕入れて商売をしていたが、強度に不満があった。「ならば自分で作ろう」と、鈎の熱処理研究に没頭すること約3年。借金を抱えながらも、画期的な熱処理方法の開発に成功した。1964年の東京五輪の数年前のことだった。
当時、大阪~東京は夜行列車で12時間かかっていた。しかし藤井氏は「今に東京は近くなる」と口にし、ほとんど誰も営業に行っていなかった東京へと向かった。時には公園で野宿しながら鈎を持って回ったこともある。努力の芽が出たのは新幹線開通後。他社に先んじて東京で取引を進めることに成功する。