英政府が出した介入通知には「公益を考慮するのが適切な場合もあれば、そうでない場合もある」と記されている。英国にとってそうするのが「適切」だとすれば、それはどういった理由からか、いくつか検討してみよう。
英国のテック部門に対する認識
英国は自国をテクノロジー分野、なかでも人工知能(AI)やゲノム科学に強い国として世界に再認識してもらいたがっている。そして、これまでそうしたイメージに大きく貢献してきたのがアームの存在だった。
アームは2016年にソフトバンクに買収されたが、ソフトバンクはその際、アームの事業を英国に残すことを約束していた。だが、英国トップクラスのテクノロジー企業が米国企業の手に渡るというのは、意味合いがまったく異なるようにも思える。英政府はたぶん、7年前に認めた、米グーグルによる英国のAIスタートアップ、ディープマインド買収の件も念頭にあるのだろう。
アームの商業的中立性の喪失
アームはISAの独立ライセンサーなので、米アップルやオランダのNXPセミコンダクターズを含む多数のライセンシーは、アームがどこか一社の有利になるように設計や取引条件に不当な影響力を行使したり、内部の情報や影響力によって何らかのメリットを得ていたりすることを心配せずにすんでいる。
だが、エヌビディアが最近発表した同社初のデータセンター向けCPU(中央演算処理装置)は、アームのアーキテクチャーを基に開発したものだった。この分野で競合する米アドバンスト・マイクロ・デバイス(AMD)のような企業は、それを好ましくないと考えるかもしれない。
政治的中立性の喪失
アームが米国企業の傘下に入れば、米国の輸出規制の対象になる可能性がある。これは世界中の多くの企業にとって大きな懸念材料だ。
米カリフォルニア大学バークレー校の研究者らが開発し、アームと競合するオープンソースのISA「RISC-V(リスクファイブ)」の知的財産を所有するRISC-V協会は最近、本部をスイスに移転することを明らかにした。「オープンソースを扱う組織の活動を政府が制限するのではないかという不安を軽減する」のが理由だ。英政府にも同様の考えがあるのかもしれない。
エヌビディア側ももちろん、英国をAI研究の拠点の一つにすることや、雇用を維持し、さらに増やしていくことなど、英国にとって良いことをいろいろ約束している。とすれば、今回の英政府の措置もまた、あからさまな駆け引きにすぎないということなのかもしれない。