前半、ベティとの関係と並行して描かれるのが、ロイの別件の詐欺の仕事である。詳述は避けるが、仲間の1人を二重の巧妙かつ大掛かりな仕掛けで騙して金を巻き上げるという、かなりエグいものだ。紳士顔の下のロイの本性が垣間見える残酷なシーンは、「ベティとお似合いなのになぁ」というこちらの甘い期待に冷水を浴びせかける。
同時に、ロイの実像を描写しているこの詐欺エピソードの二重性そのものが、物語の構造全体に対する重要な示唆であることも後からわかってくる。そもそも、あのヘレン・ミレンが詐欺師に易々と担がれる女性を演じるはずがないのだ。
「男の物語」が「女の物語」に変わるとき
後半に入って、事態は意外な展開を見せる。ベティは自分の老い先が短いことを理由に、かねてからの念願だったある旅行を提案、渋っていたロイもそれに乗り、舞台はベルリンへ移る。
ここに至って、ずっと謎だったロイの過去が、案内役として同行するスティーブンによって暴かれる。第二次大戦末期にベルリンでナチスについて調べる諜報部員であったこと、ある事件で殺された仲間の「ロイ」にどさくさ紛れになり代わり偽名で生きてきた、ハンスという天涯孤独の男であったことが明らかになる。
なるほどこれは、自分を偽ってでも過酷な時代を生きざるを得ず、その延長線上で詐欺師になってしまったハンスという「男の物語」だったのか。そんなムードさえ漂ってくる非常に重いエピソードだ。
「正義」を盾にロイ(=ハンス)を糾弾するスティーブンに対し、ベティはロイを庇い、2人の資産を一緒にすることに同意する。裏で「ベティに生活費くらいは残してやったら?」というヴィンセントの提案を冷酷に却下するロイの態度には、この男のなかに巣食ってきた深い闇が垣間見えるようだ。
こうして、3億円以上の資産を有する未亡人から全財産を巻き上げて姿を消すという計画をついに遂行したロイだが、最後の最後で地獄に突き落とされる。
ベティによる圧倒的な巻き返しのなかで、冒頭のほんのちょっとしたシーンからここに至るまでに挿入されているさりげないエピソード、さまざまな細部が、パズルにピースが嵌るようにきれいに回収されていくさまは、実に見事だ。
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そのなかでで私たちは、いままで語られてきたのが、実はすべて「女の物語」であったことにようやく気づく。観客がずっと見ていたのは、「老詐欺師が人のいい資産家女性を騙す話」ではなかったのだ。
しかし、ラストのさりげない場面でベティにふとよぎる杞憂は、半世紀以上にわたって彼女を苦しめたものが、いかに強大だったかを物語っている。
連載:シネマの女は最後に微笑む
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