支払い履歴や預金残高などの信用情報が確かでも、銀行ローンや学生ローンを組むのは容易ではない。
ところがいま、顧客の個人情報と引き換えに融資するインターネット企業が話題を集めている。
ルイス・ベリル(34)は名門プリンストン大学を卒業すると、投資銀行モルガン・スタンレーに就職した。引っ越し費用は後で会社が払い戻してくれることになっていたが、先に自腹で8,000ドル(約96万円)を工面する羽目に陥った。22歳の若者が銀行ローンを組めるはずもなく、大学の学生支援課で年率7%、返済期間5年の学生ローンを組むことにした。
その6年後、ベリルはハーバード大学大学院でMBAを取得するため、再びお金が必要になった。連邦学生ローンから年率6.8%で年限度額の2万500ドルを借り入れたものの、それを超える額には7.9%の利息が要求された。銀行でローンを組もうとすると、2ケタ台の金利のうえ、母親を連帯保証人にするよう求められた。そこでやむなく、母親から4%の利息で借金をすることにした。大学院に通うために働きながら貯蓄に励んできたベリルは、自分がリスクの低い借り手であると確信していた。それでも、銀行が彼の倹約ぶりや今後の収入見込みを考慮することはなかった。
この苦い経験がきっかけとなり、2014年5月、インターネット上で小口融資をするソーシャルレンディングサービスの「アーネスト」は誕生した。同社は、洗練されたアルゴリズムを駆使し、従来とは異なる視点でローン申請者の個人情報を分析する。銀行では信用履歴が不十分でローンを組めない若者にも、小口の融資を提供するのが狙いだ。
一般的に銀行は、大手信用情報機関から提供される信用情報で融資の可否を判断する。アーネストはローン申請者の銀行やクレジットカードの口座に直接アクセスして、預け入れや引き出し、預金残高、支払いなどすべての履歴をダウンロードして集めた8万~10万項目ものビッグデータを分析して融資の審査を行う。
多くの銀行は、フェア・アイザック社が開発したFICOスコアをモデルに信用情報を集めている。だが信用情報サイト「クレジット・カルマ」によれば、そこで使われるデータは500~1,000項目程度。クレジットカードや住宅ローン、銀行ローンなどの支払い遅延の有無は、評価の対象となるものの、家賃の支払い状況や所得、学歴などは考慮されないのだ。
狙いは、「未来の超富裕層」
それに対して、アーネストは支払い遅延の履歴だけでなく、支払い方法が一括払いか分割払いか、といった「ディープ・データ」も評価に加える。もちろん、家賃の支払い状況や今後の収入見込み、学歴、職歴も調べ上げる。これらの個人情報は申請者のSNS「リンクトイン」のアカウントから申請フォームに自動入力される。
1980年代.2000年代初頭までに生まれた通称「ミレニアル世代」には、個人情報と引き換えにサービスの提供を受けることにあまり抵抗がない。そしてアーネストでは、信用履歴が足りなくても、無担保、取扱手数料なし、返済期間1~3年で2,000~30,000ドル(金利4.25~9.25%)のローンを組むことができる。
ジャスミン・ノールズ(25)は、教育NPO「ティーチ・フォー・アメリカ」で教師として働きながら、ペンシルベニア大学で教育学修士号を取得した。経営コンサルティング企業への就職が決まっていた彼女は、卒業旅行にお金が必要だったこともあり、アーネストに3,000ドルの1年ローンを申請した。すると8日で、金利5.5%でローンが認められた。これは、クレジット払いの利息の3分の1以下だ。
ベリルは、ノールズのようなミレニアル世代にアーネストを長く利用してもらいたいと考えている。14年末に800万ドルだった同社の貸出残高を、今年は数億ドル規模まで増やす目標を立てている。
アーネストをはじめとした小口融資のスタートアップが、20~35歳の年齢層が融資を受けられなかった現状に風穴を開けたのはまちがいない。しかし最大の懸念は、こうしたスタートアップ企業の拠り所とするアルゴリズムが借り手の返済能力を正確に評価できるのか、ということだ。クレジット・カルマのケネス・リンCEOは次のように警鐘を鳴らす。
「どの企業も運用規模が小さく、事業開始から時間が経っていません。デフォルト(債務不履行)に陥る可能性が最も高いのは、ローンの返済開始後1年から2年の間。特に、2年目が危ないのです」
実際、デフォルトに陥るサービスもあるだろう。だが、業界全体のサービス向上のためには仕方がない面もある。投資ファンド「ダイレクト・レンディング・インベストメント」のブレンダン・ロス会長も「ローン業界にデフォルトが起きないと、貸し手は貸出基準を緩める一方になる危険性がある」と指摘する。
「有能な数学者を雇い、データを適切に活用すれば、FICO以上に正確な信用度を計算できます。そうすれば、きっと従来の信用調査会社よりも早く『未来の超富裕層』を見つけられるはずです」