高体温で差別された青年 精神科医の私が「分断ウイルス」と呼ぶ理由 

37.5度という体温の基準。果たしてこれは全ての人に当てはまるのだろうか。(shutterstock)

今は昔、昭和の高度経済成長期に私は少年時代を過ごした。まだ、ロバの引く移動パン屋が路地を行き来していた頃の話だ。練り飴欲しさに見た紙芝居で記憶に残るのが「黄金バット」だった。その後、テレビアニメ化されたが、今も耳に残るのが主題歌のフレーズ「コウモリだけが知っている♪」。

コウモリは、ネズミと並び最も種類の多い哺乳類。しかし、翼を持つ外観から、古くから鳥類に分類されることがあった。進化論的に見れば、恐竜の仲間である翼竜が絶滅し、恐竜の子孫である鳥類の生活圏、つまり空へ進出したのが、陸に住む哺乳類から進化したコウモリ類ということになる。

コウモリで思い出すのがイソップ物語の「卑怯なコウモリ」。獣と鳥が争うなか、コウモリがどちらにもいい顔をして、結局両方から嫌われるオチで、優柔不断や風見鶏をいましめる話だ。だが、原本をたどると、鳥と争うイタチに捕まったときは「自分はネズミ」といって逃げ、ネズミを敵視する別のイタチに捕まると「ネズミでなくコウモリ」といって難を逃れた話から、臨機応変な対応は大切という教訓を残している。

「境界」に関わる心身医療の現場から


私は早稲田大学法学部を出て新聞記者になった。東京の社会部で約7年働いて辞め、信州大学医学部に入学。卒業後は名古屋の総合病院で研修した後、精神科・心療内科で働き、7年前に故郷の愛知県一宮市で開業した。専門は心身医学。扱うのは心身症を中心とした心と体の病気だ。

心身症とは心に問題があって体にさまざまな症状が出る疾患の総称。たとえば、ありふれた高血圧でも、上司のパワハラによるストレスで血圧が上がり、長期休暇に下がるのなら高血圧症(心身症)と診断される。治療は降圧薬だけでは不十分で、よく話を聴くことが必要だ。場合によっては、職場に掛け合って人事異動を勧めることもある。

今の西洋医学は心と体のどちらかを(かっこ)に入れて進歩してきた。精神科は心だけを、そのほかの身体科は体だけを診る。むろん、先に述べた高血圧のように、臨床現場では両者を厳密に分けることはできないが、あえて区切ることで成果を上げてきたことも事実だ。(ちなみにサイエンスの語源は、細分化すること)

そんななか、記者から医者に転身した私には、コウモリのような心(鳥)と体(獣)の「境界」に関わる心身医療が一番フィットしていると感じ、日々の診療に従事している。Forbes JAPANのコラムではそうした経験をもとに、読者に伝えていきたい。

初回は、コロナ禍で問題になっている「高体温」を取り上げる。

「37.5度」という基準から逸れる症状


昨年5月。1度目の緊急事態宣言のさなか、18歳の青年が父親同伴で私のクリニックを訪れた。主訴、つまり一番治してほしい悩みは「熱を下げたい」ということだ。地元生まれの高久成男さん(仮名)は幼少時、自閉症と診断された。特別養護学級からハローワークの仲介で専門学校に進み、障害者雇用でタオルを折りたたむ仕事に就いた。
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文=小出将則

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