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ドキュメント 教育革命の最前線から

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学校では成績が良く優等生だったのに社会に出てみるとなかなかうまくいかない、優秀だと期待されていたのに実際の仕事では活躍できない──そんな思いを抱いたことはないだろうか。

もしかすると、学校教育で育まれてきた力と、実際の社会で必要となる能力には、ギャップがあるのかもしれないと考えたことのある人も多いだろう。

子どもを育てる親たちは、不安の渦中にいる。社会を生き抜く力を身に付けさせなければならないと、乳幼児の頃から子どもを英会話や運動教室、受験対策などに追い立てては、焦るばかりだ。

子どもたちは、何のために学校で学ぶのか。教育とは、自分だけが生き残るため、会社や組織で使える人材になるため、自国の経済発展を支えるためにあるのだろうか。

今回のテーマは、学校教育とは何か。実践と理論の両面から「学びの本質」に迫る。

オンライン開催で行われた東京大学名誉教授(教育学)の汐見稔幸さんの連続講座「これからの教育のゆくえ」。その第4回となる、哲学者であり教育学者でもある苫野一徳さんと、公立小学校教員の宮下章さんとの鼎談から、参考となる内容を紹介したい。

「自由」を認め合い、「自由」に生きるための力を育む


教育の目的を、経済的成功や受験合格だけに設定するのなら、オンラインで家庭教師をつけ、動画を見て勉強したほうが、効率がいいのかもしれない。残念ながら、現時点ではそのような状況の学校もあるだろう。

だとしたら、学校は不要なのだろうか。子どもたちは、なぜ学校に通い、そこで学ぶ必要があるのだろうか。子どもたちにとって、学校は「通いたい」と思える場所なのか。

本来、学校教育は、受験のための知識習得だけではなく、さまざまな体験や喜びがある場所だったはずだ。そしてこれまでも、そのことに心を砕き、尽力してきた教員も多い。しかし、やはり現在の学校のシステムでは多くの限界があることも否めない。

哲学者であり教育学者でもある苫野さんは、これまでの学校教育について次のように語る。

「公教育は、この150年間、システムとしてほとんど変わってきませんでした。同質性の高い学年や学級のなかで、みんなで同じペースで同じように学ぶ仕組みです。そこでは当然、授業についていけない子どもや物足りないと感じる子どもも生まれてしまう。同調圧力やいじめも起きやすく、さまざまな問題が噴出しています」

同じ年齢の子どもたちのなかで点数や成績によって評価されると、小さな違いや勝ち負けに敏感になる。競争が始まり、優越感や劣等感も生まれてしまう。そして同時に、少数意見を有する者に対して、暗黙のうちに多数意見に合わせるように誘導する同調圧力が生まれ、違いを認められずに差別につながることもある。そのような学校教育の課題をどう改善することができるのだろうか。

苫野さんは、「学びの個別化、協同化、プロジェクト化の融合」が有効だと主張する。つまり、子どもたちは、自分に合う方法やペースで学び、必要に応じて人の力を借りたり貸したりして支えられる環境が必要だという考え方だ。

文=太田美由紀

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