遅れをとる日本の「インクルーシブ教育」。その本質を見つめ直す

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4月は入学や進学や進級などで、子どもたちの環境が大きく変わる時期だ。新しい環境に馴染んでいるか、授業は理解できているか、そんな心配を抱えている大人たちも多いのではないだろうか。

ほとんどの子どもは、自分で学校など周囲の環境は選べない。クラスの友達も、先生も、教科書も、学習方法も、大人から与えられた環境のなかで過ごすことになる。

しかし、与えられた環境で学ぶことが難しい子どもたちもいる。感覚が過敏で騒がしい教室にいられない、すでにわかっていることを何度も教えられたくない、通常の教科書では文章読むことが難しいなど、子どもたちが抱える多様な困難さは、不登校の増加につながっているとも言われている。

こうした課題を持つ子どもたちも、環境に起因する障害を取り除くことができれば、さまざまなことが改善できるはずだ。

今回、テーマとして取り上げる「インクルーシブ教育」は、子どもたちそれぞれで異なる個性や能力を活かしながら、ともに学べる環境の整備と支援を充実させようとする取り組みだ。

日本では、2013年から文部科学省が「インクルーシブ教育」を推進してきたが、公立の学校でこれを実現しているのは、ドキュメンタリー映画「みんなの学校」(2015年公開)でも取り上げられた大阪市立大空小学校や、今回紹介する東京都世田谷区立桜丘中学など、まだ数えるほどしか見られない。

ユネスコで初めて「インクルーシブ教育」について言及されたのは1994年のことなので、日本の教育現場は、世界から実に大きな遅れをとっていることになる。もちろん改善の努力は続けられているものの、特別な支援が必要な子どもたちを、通常の学級から排除する方向へと進んでいる学校が多いのが現状だ。

子どもたち1人1人の困りごとやニーズに応えることのできるインクルーシブ教育の本質とは、どんなものなのだろうか。

オンライン開催で行われた東京大学名誉教授(教育学)の汐見稔幸さんの連続講座「これからの教育のゆくえ」。その第3回である「インクルーシブ教育」から、当日講師として参加された世田谷区立桜丘中学校元校長の西郷孝彦さんと、都内の公立小学校で特別支援学級を担任する森村美和子さんとの対話から、参考となる内容を紹介したい。


(左上から時計回りに)西郷孝彦さん、筆者、森村美和子さん、汐見稔幸さん

困っている1人を見れば、学校全体の課題がわかる


日本におけるインクルーシブ教育のパイオニアで、前述の「みんなの学校」を参考にして「改革」を加速させたのが、東京都世田谷区立桜丘中学校だ。

西郷孝彦さんは、2010年4月に同校に校長として赴任すると、少しずつ校則を見直していった。制服をなくし、定期テストを廃止し、発達特性に応じたインクルーシブ教育を取り入れた。そして、2020年3月に退職するまでの10年間で、学校全体を大きく変えた。その結果、いじめや不登校もほとんどなくなったという。
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文=太田美由紀

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