遅れをとる日本の「インクルーシブ教育」。その本質を見つめ直す

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自分とは違う人と了解し合えるコミュニティをつくる


桜丘中学校の元校長の西郷さん、特別支援学級の森村さんが、ともに大事にしているのは、子どもたちが「自分自身を知る」ことだ。講座のファシリテーターでもある汐見稔幸さんは次のように語った。

「教育とは、外から知識を詰め込むことではなく、本来は自分自身を知るためのもの。自分が生きている世界、他者との関係性、そして自分は何のために生きていくのかを知るためにこそ人は学びます。森村さんと西郷さんの実践では、子どもたちが自分を知ることをとても大切にしていることがわかりました。

自由の価値について語っていた子どもたちの話を聞いて、エーリッヒ・フロムの『自由からの逃走』を思い浮かべました。そこには、自分で決めることの大変さから逃げることで大衆がファシズムに走り、ナチズムに繋がったと書かれています。

自由を与えられることで覚悟や責任が生まれます。自分を知らないと自由を使えません。自由を与えられることは、自分に向き合い、自分を知ることにつながっているのです」

インクルーシブ教育を実践する学校や学級で、子どもたちは「自分自身を知ること」に日々取り組みながら、「自分は何のために生きていくのか」という大きな問いに向かって生きている。

一方で、言われたことを言われたままに行うように教育されてきた大人のなかには、我慢し、努力し、周りに合わせて生きることが正しいことだと錯覚し、自分を見失ってしまう人も多いのではないだろうか。

インクルーシブとは、もしかするとそんなに難しいことではないのかもしれない。自分のことを知り、困難なことがあればそれを表現し、それぞれの違いを認め合い、了解し合えるコミュニティをつくる。お互いに楽しく学ぶことを喜び合う。これは、特別な困難さを抱える子どもたちだけでなく、誰にとっても必要なことだ。

学校に限らず、会社や組織内でも、社会全体にもこの考え方が広がっていけば、どんなときも自分の状況の変化や未来への不安に怯えることなく、これからの社会を豊かに生きていくことができそうだ。

【連載】人はなぜ「学ぶ」のか?【全5回】
1.災害や不登校 日常が壊れたとき、「学び」とどう向き合うか
2.子どもたちにとってのサードプレイス。自宅と学校以外の「居場所」が果たす役割 
3.遅れをとる日本の「インクルーシブ教育」。その本質を見つめ直す
4.子どもたちは何のために「学校」で学ぶのか? 学びの本質を問う
5.子どものいのちは輝いているか? 教育の変わり目に感じたこと

連載:ドキュメント 教育革命の最前線から
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汐見稔幸
(しおみ・としゆき)◎東京大学名誉教授、日本保育学会会長、全国保育士養成協議会会長、白梅学園大学名誉学長、一般社団法人家族・保育デザイン研究所代表理事。1947年大阪府生まれ。専門は教育学、教育人間学、保育学、育児学。21世紀型の教育・保育を構想中。NHK Eテレの番組などにも出演。保育、子育て、教育などについてのわかりやすい解説には定評がある。

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西郷孝彦(さいごう・たかひこ)◎1954年生まれ。上智大学理工学部を卒業後、1979年より東京都立の養護学校(現特別支援学校)などで数学と理科の教員、教頭を歴任。2010年、世田谷区立桜丘中学校の校長に就任。生徒の発達特性に応じたインクルーシブ教育を取り入れ、校則や定期テスト等の廃止、個性を伸ばす教育を推進した。2020年3月、退職。

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森村美和子(もりむら・みわこ)◎東京都内の公立小学校の特別支援学級担当教員。知的障害学級、通級指導学級で実践を重ねる。2012年、東京大学先端科学技術センターの熊谷晋一郎氏と出会い、「当事者研究」の試みを参考に子どもたちとの「自分研究」という新たな実践に挑む。その試みが朝日新聞「花まる先生『悩み解決 一人じゃない』」や、NHKの発達障害特集の一環として「あさイチ」で取り上げられ、反響を呼ぶ。

文=太田美由紀

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