遅れをとる日本の「インクルーシブ教育」。その本質を見つめ直す

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桜丘中学校は、校則や定期テストをなくしたことで広く世の中に認知されることになったが、西郷さんが目指したのは、「すべての生徒が3年間楽しく過ごせる学校をつくる」ことだった。

「教員にできるのは、子どもたちが好きなことを見つけ、やりたいと思ったことを実現する手伝いです。子どもがやりたいと思った時に、お金やモノ、場所を大人が用意すればいい」(西郷さん)

職員室の前の廊下にはテーブルと椅子がいくつも置かれ、そこで勉強する生徒がいる。3Dプリンターやタブレットなども自由に使うことができる。麻雀パイを家から持参した子がいれば、廊下を通りかかった生徒に声をかけ、学年や部活なども超え、教員も混じってやってみることもある。校長室は常に解放され、ギターの音や生徒の笑い声が絶えない。一般の学校では考えられない光景だ。


校長室の前で麻雀をする生徒たち


いつもの校長室の様子


ギターで歌う生徒も


「本来の意味とは少し違うかもしれませんが、インクルーシブ教育とは、学校が楽しくないという子がいたら、なんとかして助けてあげることだと思っています。僕は理系なので、自然科学の考え方で目の前の子どもたちを観察し、どうすればいいかを考え、やってみたんです」(西郷さん)

放課後の活動でも、補習教室「英検サプリ」、ボーカルレッスン、料理教室、炎のギター教室、子ども食堂、夜の勉強教室など多様な企画が立ち上がった。地域の人や外部講師の手を借りながら、子どもたちの「やりたい」を、できうる限りサポートしてきた。

「困っている1人の子どもを深く見ていき、その理由を探れば学校全体の課題がわかる。この構造は科学的に言えばフラクタル構造と同じです」(西郷さん)

フラクタクル構造とは、雪の結晶やブロッコリー、海岸線などのように、切り取られた一部分と全体の形が相似している構造のこと。転じて、1人の課題を見ることで全体の課題がわかるというこの考え方は、台湾のデジタル担当大臣、オードリー・タンの考えにも通じるものがある。

「これまでの学校で当たり前とされていたことも、クリティカルシンキング(批判的思考)で検討すると、必要のないものや変えたほうがよいものがたくさん見つかった」(西郷さん)

桜丘中学校では、校則や定期テスト、宿題などについても検討し、なくしていった。すると、大人たちの指示から解放された子どもたちは、自分の選択に自信を持つようになり、いきいきと輝き始めたという。

子どもたちを自由にさせると、学校は荒れ、成績も落ちるのではないか、卒業してから社会で苦労するのではないかと心配するかもしれないが、桜丘中学校は世田谷区でもトップクラスの学力を誇る学校となっている。卒業を間近に控えた桜丘中学校の生徒たちは、3年間を振り返り、次のように話しているという。

「自由とは、お互いの信頼関係があるからこそ成り立つもの」
「自由だからこそ責任を持って行動しなければいけない」
「みんなに合わせなきゃいけないと思っていたけど、違ってもいいんだと自分に自信が持てるようになった」
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文=太田美由紀

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