人文学が社会に対してできる貢献とは、無意識レベルでのとらわれから解放され、創造性の源泉を獲得した幸福な個人を多数、生み出すことではないかと思います。そのような個人が責任を負い、能力を最大限に発揮することで、社会資産が十全に活かされる循環が作りだされることが理想です。新しいラグジュアリーのために必須となるサステナブルな環境には、気概と創造性の源泉をもつ幸福な個人の献身が不可欠です。
一方、わざわざそんな学問を修めなくても、職人もまた幸福な創造性の源泉をもつことができることをクチネリは示します。「鍵は、職人の尊厳にある」とクチネリは明言します。経済的にも倫理的にも職人が尊厳を大切にされることで、職人が責任感をもち、ラグジュアリー製品を生むにふさわしい創造性を自由に発揮できるようになる、と。
ブルネロ・クチネリのオペラニットは30時間以上もかけて手作業で仕上げられますが、その迫力ある存在感は、服の機能とか価格といった現実的な基準を無意味にしてしまいます。
ソロメオの風景に関する記者発表でスピーチするブルネロ・クチネリ(左)、同ブランドの「オペラニット」(右)
尊厳を大切にされた一人の職人が、労働の喜びを感じながら商品を作り上げ、結果として、心を揺さぶるラグジュアリーを生む。それがイタリアという土地に根ざしたメイド・イン・イタリーという価値を帯び、イタリア文化そのものへの敬意を生み出していることは、多くの人が知る通りです。
そういえば、オペラ(opera)の語源には「労働する」という意味があります。ラグジュアリーの勉強会第9回で、ラスキンとガンディーを通して新しいラグジュアリーを考えるヒントを示してくださった静岡大学准教授の本條晴一郎さんのご指摘で知りました。
生の喜びを伴う創造的労働が、オペラ。面白く思ったのでさらに調べてみると、その集大成的な作品がオーパス(opus)と呼ばれるようです。クチネリのオペラニットは、オーパスというわけです。
安西さんが紹介されたカルロット氏の言葉を繰り返しましょう。「ラグジュアリーは文化の駆動力になります。企業のもつ価値以上に社会的文化的に占める位置が大きいはずです。また人々の精神的価値にも貢献します」。
そのような価値あるラグジュアリーを生むために、前提になってくるものこそ人文学的アプローチなのではないでしょうか。経営者、労働者それぞれが、自分の仕事のプロセスを喜びとともに追求して創造性を獲得していく、その正統性の確かさこそ、プライスレスです。
連載:ポストラグジュアリー 360度の風景
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