「誰もが簡単に使える決済サービスを提供したい。我々は新しいコンシューマー・エクスペリエンスをつくりたかったのです」
ラッセル・カマーは、サービス立ち上げ時の思いをこう語る。シンガポール生まれのカナダ人であるカマーは、ゴールドマン・サックス日本法人を2008年に退職し、新しい金融サービスを模索した。日本では「フィンテック」という言葉さえなかった当時、さまざまなトライアルののちにチャンスを見いだしたのが、個人向け決済サービス。日本では未知のBNPLだった。
「日本はビジネスチャンスが多い国。フィンテックに関しては先進的とは言えなかったため、勝機があると考えました」(同)
オンライン・ショッピングの中心的な決済手段はクレジットカードだが、信用力を証明するため、カード発行にあたっての審査の手間は煩雑で、時間もかかる。ところがペイディのサービスは従来型のファイナンス・サービスとは違い、まず人を信用することからスタートするのだ。
「メールアドレスと電話番号さえあればすぐに使うことができる。これこそ新しいコンシューマー・エクスペリエンスです」(同)
狙いは当たり、ミレニアル世代や情報漏えいや使いすぎリスクなどからクレジットカードを好まない層を中心に利用者を広げる一方、決済手段の多様化を望む加盟店も次々に開拓していった。現在、ペイディは約70万サイトで利用可能だ。
「オンラインショッピングを多用している20〜30代の女性をターゲットに据えたとき、彼女たちの多くは『代引き』を利用していることがわかりました。ただ、代引きでは商品が届くたびにその場で支払わなければならず、不在時に宅配BOXを使うこともできない。代引きと同じ体験をさらに気軽にしてもらいたいという思いが、あと払いサービスの開発につながりました」(カマー)
BNPLの特徴は、文字通り「すぐに買い物ができ、支払いはあとでいい」こと。スマホさえ必要ではなく、メールアドレスと電話番号さえあればすぐに使うことができる。
ディスアグリー&コミットの文化
2017年、サービス開始から4年目にPaidyにジョインしたのが、杉江陸だ。その間の経緯について、カマーは次のように振り返る。
「陸と出会ったのは、ペイディが拡大ステージに入り、私の“右腕”となってくれる人材を探していたときでした。社員数は40人ほどに増えたものの、ビジネスサイドは私一人で回している状態。ビジネスの可能性は明らかでしたが、今後の展開を考えたときに、真のパートナーが必要だったのです。ある意味、けんかができるぐらい信頼しあえる相手。紹介があって陸と会い、そこで化学反応が起きました」
当時、杉江は新生フィナンシャルの社長として辣腕をふるっていた。
「40歳で社長になりましたが、5年で辞めるべきと決めていました。次は海外でビジネスに携わることも考えていましたが、ラッセルと出会ったのは絶好のタイミングだったと言えます。リテール金融の世界で、イノベーションを起こしたいと考えてもいたからです。Paidyはそんな志向に合致していました。ラッセルのような優秀で最高の同志と働けるなら、ホームグラウンドは日本でいいと思いました」(杉江)
外国人と日本人とがペアになって、日本から始まったスタートアップが世界に打って出る。それは、ペイディのサービスのユニークさと同じぐらいユニークで、しかも魅力的なチャレンジだった。
意気投合した2人だが、小さなフリクションはしばしば起きる。そのさまは、オープンな社内ではスタッフにも見えている。
「『またやってる』という感じでしょうね。でもそれを見せるのは、他方に合わせるのではなく、違うことを理解し合って、多様性から何が正しいのかを考えるべきということをわかってほしいからなんです」(同)
カナダ人と日本人の2人がリードするこの会社は、スタッフもまた多国籍。日本マーケットで事業を進める企業としては、これもまた極めてユニークだろう。国籍数で言えば、32カ国からのスタッフが在籍する。
「優秀な人材を求めた結果こうなったものの、いまは意識してワールドワイドに採用しようと考えています。ベスト&ブライテストなチームをつくるためです」(同)
多様性を尊重し、相互の違いを理解したうえでリスペクトし合う。キーワードはディスアグリー&コミットだ。意見をぶつけ合いながらも、採るべき選択が決まればそれにコミットする。それぞれの職掌だけに目を向けるのではなく、全員で大きなゴールを共有する。それが、Paidyを成長させた企業文化でもある。
BNPLは日本人の行動の後押しをする
スタート当初は20~30代の女性をメインターゲットとしてファッションサイトを中心に加盟店を獲得してきたペイディだが、その後、家電量販店やデジタルコンテンツ、総合通販へと範囲を広げ、ユーザーの増加に伴って男女比も均衡している。「日本ではオンライン・ショッピングユーザーの4割が代金引換などの非クレジット払いという現状です。市場としてはまだ肥沃であり、実際にユーザー数は急速に伸びています」(杉江)
さらなる成長に向けてシリーズDの資金調達に成功し、日本をけん引するユニコーン企業の仲間入りを果たすなど投資家からも熱い注目を集めるPaidyだが、カマーは今後の展開も冷静に見ている。
「BNPLはまだ始まったばかりです。我々は2020年10月から分割手数料無料※の3回あと払い機能を提供し始めましたが、“もっと楽しく、もっと面倒がないサービス”を追求する必要があります。同時にコアプロダクトについても改善を重ね、サービスを磨き切らなければなりません」
日本に根付き始めたBNPLは、便利なだけではなく、もしかすると「内向きな」日本人の意識を変えていくかもしれない。やりたいことを躊躇わずにやる。そんな行動の後押しとして━━。カマーは最後に、 こんなメッセージをくれた。
「長く日本でビジネスに携わってきましたが、“日本人による経営に外国人が溶け込む”という従来型の考え方ではなく、“世界の最も優秀な人材でビジネスに取り組む”という前提に立てば、企業のパフォーマンスはもっと上がります。資金集めも情報集めも、日本にいること自体が大きなアドバンテージです。もちろん消費マーケットもまだまだ潜在力がある」
勇気がもらえる言葉ではないか。
※口座振替・銀行振込のみ分割手数料無料。
Paidy
https://paidy.com
ラッセル・カマー◎Paidy代表取締役会長。メリルリンチ証券とゴールドマン・サックス証券を経て東京に株式会社Paidy(旧エクスチェンジ・コーポレーション)を設立。スタンフォード大学院数理ファイナンス修士。2014年にあと払いサービス「ペイディ」を開始。
杉江 陸(すぎえ・りく)◎Paidy代表取締役社長兼CEO。富士銀行(現みずほFG)、アクセンチュア、GEコンシューマー・ファイナンスを経て、新生フィナンシャル代表取締役社長、新生銀行常務などを歴任。東京大学卒、コロンビア大学MBA並びに金融工学修士。2017年より現職。