それは本当にM&Aの正義だろうか?明確に「No」と答えるのは、今から16年前、大阪で中小企業支援に特化したM&Aファームを立ち上げたオンデック代表の久保良介だ。
規模や知名度では、オンデックを上回る同業他社は多いかもしれない。しかし、「顧客の90%以上が紹介」「コンペの勝率7割以上」という数字からは、顧客から厚い信頼を得ていることが伺える。
2020年12月には、東証マザーズ市場への上場を果たした。群雄割拠のM&A業界でキラリと存在感を放つ同社は、企業理念として次の言葉を掲げた。
「企業の成長と変革の触媒となり、道徳ある経済的価値を創出する」
この短い一文に、オンデックの強さのエッセンスが詰め込まれていた。
「M&Aの成功」とは何かを自ら問えるコンサルタントでなければならない
大河ドラマで注目を集めている渋沢栄一は、「経済と道徳の一致」を訴えたことで知られている。彼が深く尊敬した二宮尊徳が残したのが、次の言葉だ。
「道徳なき経済は罪悪であり、経済なき道徳は寝言である」
オンデックの経営理念に「道徳」という言葉が使われているのは、久保が彼らから大きな影響を受けているからだ。
「私達は単に儲ければいいとは全く思っていません。しかし、高い付加価値の提供にこだわるには、一定の利益を伴う必要がある。オンデックは、道徳と経済のバランスを取りながらM&Aサービスを提供することで、中長期的にマーケットからの評価を獲得していきたいと考えています」
M&Aにおいて「道徳観を持つ」とは、どういうことなのだろうか?
「例えば、5億円の価値しかない譲渡企業が、10億円での売却を希望していたとしましょう。この場合、譲渡先さえ見つかれば10億円での売却を進めたら良さそうですよね?でも、M&Aはあくまで投資です。そんな金額を初期投資に突っ込んでしまったら最後、その事業がうまくいく可能性は極端に小さくなる。事業を伸ばすためにはさまざまな追加投資が必要ですが、その大半を買収で使ってしまうからです。M&A実行後に事業が成長していくことは、買収側のみならず譲渡側にとっても最重要事項です」
久保は、「お客様にとって一見良さそうな取引でも、長期的な視点に立つとそうではないこともある」と続ける。
「M&Aの本質的な成功とは何か。それは、M&A実行後の事業が発展していくことです。コンサルタントは、本物の顧客貢献とは何かをしっかり考え、『本当にその取引はプラスですか?』と、お客様に問える存在でなくてはなりません」
「道徳」を軽視しない企業姿勢こそが、顧客の信頼を生み出し、利益をもたらす──。
拝金主義的なマーケットと見られがちなM&A業界において、久保が「道徳と経済の両立」に潔く挑んでいけるのは、彼の心の中に先人の言葉が深く根付いているからだ。
個人のノルマはなし。「お客様のため」だけを考え抜く
近年はM&A業界においても、委託先を決める際にコンペが開催されるケースが増えてきた。厳しい競争環境の中で「コンペ勝率7割以上」を誇るオンデックの提案とは、一体どんな内容なのだろうか?
「先日ご提案したお客様は、複数のグループ会社をお持ちでしたので、譲渡人や株主個人の事情も踏まえた相続税対策や、税効率の高い組織再編を考慮したスキームを提案しました。それがグループ全体にとって最も生産性が高いと判断したからです。我々は、『たくさんの紹介先があるのですぐにM&Aができます』といったワンパターンな提案は絶対にしません。視座の違いが、コンペの勝率に表れているのでしょう」
ただ、優れた提案は一朝一夕には完成しない。コンペで採用されない可能性があったとしても、提案一件あたり準備に数十時間を費やすことも多いという。
「効率よくビジネスをやりたいだけなら、もっと上手いやり方はある」と久保。それでも決して妥協を許さないのが、オンデック流だ。
クオリティには徹底的にこだわってほしい。そんな願いから、オンデックには個人のノルマが存在しない。
「『とにかくお客様のためになる提案を考えよう』という、会社からのメッセージでもあるんです。ノルマの設定によって、クオリティよりも効率や収益を優先するインセンティブが働いてしまっては困りますから」
こうしたこだわりは、「顧客の90%以上が紹介」という数字につながっている。
マーケティングやセミナー、テレアポなど集客にエネルギーの大部分を割く同業他社も多い中、オンデックでは、紹介を受けて相談に来る顧客の足が途絶えることはない。
これは、冒頭で久保が言った通り、道徳を重視した企業姿勢が経済的価値を生み出していることの、何よりの証拠ではないだろうか。
一流の人材を育て、一流の企業を築く
オンデックの精神が凝縮された企業理念は、IPOを目指す過程で昨年明文化された。それまでは少人数体制だったこともあり、一対一のコミュニケーションを通じて浸透させてきた。
今は、明文化されたポリシーを採用面接で重点的に説明しているが、それが自分たちへのプレッシャーにもなっていると、久保氏は笑う。
「採用プロセスで企業理念の話を散々するので、入社してから『聞いていた話と違う』と思われたらいけない。身の引き締まる思いです」
メンバーへの経営理念の浸透度合いを問うと、久保は興味深いエピソードを教えてくれた。
「IPOを目指すと決めたことをメンバーに伝えた際、第一声として意外な言葉が返ってきました。『上場によってオンデックのスタンスが崩れることはないですか?』と。IPOするからには高い成長率を求められるはずなので、これまで守ってきたオンデックの方針が変わることは本当にないのか?と思ったのでしょうね」
普通、自分の会社が上場を目指すと聞けば素直に喜びそうなものだが、その影響を冷静に考えるとは、いかにもオンデックらしい。中には、利益至上主義になってしまうことを懸念して、ストックオプションの配布に反対するメンバーもいたという。ざわつくメンバーに対し、久保はこう諭した。
「オンデックは経済と道徳のバランスを取ることを大切にしてきたが、今まではどちらかというと道徳に寄っていた。このままでは、我々が社会に提供できる価値は小さいままで終わってしまう。より広く世の中の役に立つためには、上場して道徳と経済の両輪を回していかないといけない。メンバーにはそう伝え、納得してもらいました」
今後さらなる成長フェーズへと向かっていくオンデック。今加わるメンバーには「一流になる機会を提供できる」と、久保は力を込める。
「私が考える一流とは、『道徳』と『利益を生む力』が高いレベルでバランスしている人のことです。利益を短期的に追求する機会は他社でいくらでも得られると思いますが、道徳と経済の両立を高い次元で実現することに重きを置いた組織は、他にはそうないと自負しています。オンデックで経験を積む価値はここにあると考えています」
M&Aは企業活動の根幹を担う業務でもある。この領域で高度なバランス感覚を身につけた人材になれれば、将来の可能性が大きく広がるのは間違いないだろう。
一流の人材を育て、一流の企業を築く。その先で久保が目指すのは、「成熟した社会」の実現だ。
「私は、役割が明確になっている社会こそが、高いレベルで成熟している社会だと考えています。先進国と途上国が存在する状態では、豊かさとは富の移動でしかなく、高度に成熟しているとは言えません。すべての国に何かしらの強みと役割があることによって、世界は健全に成熟していけるのです。
では、日本は世界の中で何を強みとして成長していけるのか。いくつかの方向性が考えられますが、ひとつには製造業が挙げられると思います。現在のコア事業であるM&A支援や、今後スタートさせる幾つかの事業を通じて日本の中小・中堅企業の世界進出をサポートする。これが、私達の次なるビジョンです」
久保の描く理想は、一組織の中には止まらない。
先人の教えを胸に刻み込んだ経営者が追求する「道徳ある経済的価値」。それは、精神面でも物質面でも、世の中に今以上の豊かさをもたらすものなのだ。