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実用的な情報という意味では、神戸新聞のおみやげ防災の袋「ローリングストック」も興味深い。震災時の1995年はまだ携帯電話も普及していなかった時代。もちろんローリングストックという言葉もない。本企画を担当した神戸新聞社の大岸裕樹は入社前の出来事だった。

「他県で高校生だった私ですが、記憶は鮮明です。当時の話は先輩から聞きました。街はもちろん、本社機能も失われ移転して業務にあたり過酷を極めたそうです」

神戸新聞社の大岸
神戸新聞社 東京支社 営業部 大岸裕樹

震災から四半世紀、神戸新聞は定期的に震災とそれに役立つ情報を発信し続け、知見を上書きし、積み上げて来た。時代の変化、市民・県民の方々の防災に関する考え方も変わって来た中で、「この企画の紙面内容は当時の経験を踏まえ、最も備えとして重要なローリングストックを柱に、多くの情報をリライトしまとめ直した」ものになったという。

神戸新聞社では、毎年震災日の1月17日には社員食堂が「震災食」になるそうだ。長きに渡って常に災害に向き合い続けてきたからこそ、濃縮された情報が詰まっている。

熊本日日新聞の袋は、避難所生活に特化した内容になる。記憶に新しい熊本地震は、2回の震度7を含む震度5以上の揺れが27回、発生した4月から7月にかけての長い間、震度3以上の余震が続くといった辛く長い戦いを強いられた。企画を担当した同社の柳原哲郎もその場にいた。

「最初の震度7のあとは大きな揺れはないというのが当時の感覚でした。しかし2日後に再び震度7が来た。インフラが寸断され、その後も続く余震で多くの人が避難生活を強いられたわけです」

熊本日々新聞の柳原
熊本日日新聞社 東京支社 営業部 柳原哲郎

熊本市によれば、当時の避難生活者は震災から約1週間で18万人にも及んだという。

「避難時の混乱や戸惑いは長期化を余儀なくされるにつれて次第に変化していきました。他の過去の災害の知見が現場に集まり始め、ボランティアの支援が増え、障害者や高齢者、病気をお持ちの方など、さまざまな方々に対して不便な避難生活の中でもより快適に過ごせるようにという試みも見受けられました。だからこそ、本企画は避難生活の中で役立つ内容をということになったのです」

世界でも「sphere基準」と呼ばれる被災者の尊厳を守るガイドが制定され、過酷な避難生活の中でも快適を目指せる環境を整えようという動きが加速している。一定人数あたりのトイレの数や確保されるべき面積、飲料水の量など細かい数字の基準だ。これは行政と現場の環境によってすぐに導入が進むものではないが、熊本の場合は、各地での災害の知見と人材が集まり、また被災者の方々の意識の高さから避難所生活を向上させる動きになったのだろう。

被災県のつながりがもたらした、いい話


熊本に集まったのはボランティアだけではなかった。4月の震災後、複数回に渡って熊本日日新聞に届いたのは、福島と神戸をはじめとする被災経験地域からの「応援広告」だった。

当時の応援広告

文=坂元耕二

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