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シネマの女は最後に微笑む


だが不思議なのは、クレールという女性がなぜここまで闇雲に、偶然知り合ったアレックスとの関係に没入しようとしているのか、ということだ。このわずかな違和感は、クララがスウェーデン在住のクレールの姪であることが判明するあたりから、徐々に大きくなってくる。

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(c)2018 DIAPHANA FILMS-FRANCE 3 CINÉMA-SCOPE PICTURES

前半のクライマックスは、自分を抑えきれなくなったアレックスがクレールの住まいの近くまでやってくるシーンだ。携帯の画面上で、どんどん近づいてくる位置情報のマーク。だが街角で若いクララを探し求めるアレックスの視線は、当然のことながら中年のクレールを素通りする。

「ネットでは恋人同然なのになぜか絶対に会うことのできない女」が怪しまれるのは時間の問題として、アレックスとの関係を一方的に切ったクレール。ところが、その後アレックスに関する「重大情報」がもたらされ、ぎりぎりの綱渡りをしてきた彼女は計り知れない打撃を受ける。

ポンピドーセンターのエスカレーターを上り切った突き当たりの踊り場に呆然として佇むクレールの姿は、自らこしらえたフィクションにおいて、どうにもならない行き止まりに直面したことを象徴的に示している。

大きく折り返した後半、画面は時間を遡り、アレックスとクレールの「実際の出会い」が描かれる。

こうしてドラマは、二重写しになった虚構の底から、彼女を偽りのネット恋愛へと駆り立てた真実を浮かび上がらせていく。

間違ったところから出発したフィクションに上書きすることで、素顔の自分の欲望を生き直そうとしたクレール。だが慄然とするラストは、自ら作り上げた物語がいかに人を支配するかを私たちに示している。

連載:シネマの女は最後に微笑む
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文=大野 左紀子

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