シネマの女は最後に微笑む


しかしクレールが自身の顔と名前としてフェイスブックに上げたのは、24歳の若く美しい女クララ。その上で、カメラマンであるアレックスの写真を褒めそやして相手の関心を引き、クララへの興味が高まった彼の求めに応じ、昔の携帯を使って大胆にも電話でやりとりを始める。

すっかり24歳のクララになりきったクレールは、アレックスとの親密な会話で気分が高揚したせいか外見も若々しくなり、虚構の恋愛にはまり込んでいく。

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(c)2018 DIAPHANA FILMS-FRANCE 3 CINÉMA-SCOPE PICTURES

もともと美人とは言え、確実に老いの忍び寄った己のルックスに覚える羞恥と引け目。経験と知恵でいっとき相手を魅了したとしても、男は最終的には若い女の元へ行ってしまう。だからと言ってよく男たちがしているように、金で若い異性を買うほどの割り切りもできない。

性的承認欲に飢えた孤独な中年女性が、ネット上で若い女を演じて男性を惹きつけ、焦らして楽しみ、かりそめの満足を得る。いかにもありそうな話ではある。

現実では不可能な願望を自ら作ったフィクションの中で叶え、有頂天になっているクレールを、グロテスクと見るか親近感を覚えるかは人によってグラデーションがあるだろう。

リアルなのは、電話で声を褒められた時のクレールの心底嬉しそうな様子だ。ネット上の画像は偽りだが声は嘘ではない。発声や言葉の選び方にはその人の感受性と知性が見え隠れする。ゆえに、クレールはその時、自分の中身を評価されたと思ったのだ。

「きれいだと思われたい」と「中身を評価されたい」のどちらかでは満足できない、どちらも手放せないところが、女性の煩悩であると痛感する。

だが中身はともかく、外見への評価は素の自分が受け取っているのではないという紛れもない事実は、少しずつクレールの精神を蝕んでいく。

フィクションの行き止まり


大学での講義のシーンが何度か登場する。フランス文学史が専門と思われるクレールが、歳の差恋愛でも有名な小説家マルグリット・デュラスを取り上げていたり、18世紀の書簡小説『危険な関係』を論じていたりするのが興味深い。プライベートでの関心事が仕事にダイレクトに反映される様子は、彼女の中で虚構と現実が混じり始めているかのようだ。

文=大野 左紀子

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