ミラーワールド化で、現実の複製と住む未来

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パラレルワールドの未来


このパラレルワールドのような世界に入ってしまうと、もうそれは鏡の国のアリスやオルフェの神話が夢見た世界だ。遠くから情報を眺めて名前を付けている時代は終わり、自分が情報世界の住人になって、自分の行動さえもが情報世界の一部として扱われ、もはや客観的な傍観者ではいられなくなる。

HMDを付けて3Dイメージの中に没入して、世界旅行をしながら何かを探すような使い方もできるだろうし、実際の街に出て歩くとスマートグラスのAR機能で、行った場所の名前や関連情報などを風景に重ねて表示するような使い方もできるだろう。ポケモンGOのような、現実の場所とゲーム世界を重ねた新しいエンタメも生まれるだろう。

こうした日常世界のような仮想空間では、キーワードやタグばかりか、もっと言語化できない指標で情報を扱わないとならない。フェイスブックなどのソーシャルメディアは、利用者の日々の行動や利用者同士の関係性をソーシャルグラフ化し、世界の歴史を追跡するようにダイナミックな情報の物語を書いている。

誰が誰といつどこで会い、何について会話し、その後どこへどんな目的で去っていたか、という人類総体の歴史的記録がネットの中で追跡され蓄積され分析され、神の目のように人々を監視しては新たな情報を作り出す。しかし、アマゾンのお勧めのように、自分の日常の行動が分析され、知らないうちに企業や他人の思惑で出された情報に支配され、気がついたらとんでもない事態になっていないとも限らない。

これだけ膨大な情報を収集分析するためには、ネット上のすべてのサーバーやIoTによるあらゆるもののデーター管理が必要で、全世界を対象としたコンピューティングパワーはとてつもなく大きなものになるため、将来は量子コンピューターのような現在のレベルをはるかに超えた処理能力が求まられるようになるだろう。

人間社会のありとあらゆるものを鏡のように映した仮想世界の中で、社会、経済、政治などの現実世界をモデル化したシミュレーションが行われ、その結果が逆に現実世界にそのままリアルタイムで反映される世界はどうなっていくのだろうか?

これはおとぎ話や魔法の話ではなく、われわれが日常的に世界を見て頭で分析してそれを使って行動している所作をネット化し、全人類で一つの脳を共有しているような話だ。かつて、コンピューターによるネットワークが使われ始めた頃に、カトリックの神父テイヤール・ド・シャルダンは、地球規模の意識の被膜ヌースフェアが人類を一体化すると説き、ニューサイエンスやニューエイジの論客もグローバル・ブレインと唱えた。

遠くにあったデジタル宇宙を観測している時代は、言葉や論理でその姿を客観的に論じることができ、その話題は経営や経済や政治といった大きな物語が対象だった。そしてパソコンが出てきて、手許の視覚的情報を手で操作するようになると、仕事やさらには個人的なメールやゲームなど身近な話題が主となった。そしてモバイルやウェアラブルの時代にはHMDやスマートグラスを着けて、触覚や全身の体感でミラーワールドというデジタル宇宙に没入して、ついにわれわれはその住人になってしまいそうだ。


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情報の海に飛び込んだわれわれは、すでにもう鏡の世界に居ることも忘れ、いままでの日常生活の延長線上にあるように、情報の中を歩き、手に取り、全身情報に身を包んでいる。こうした環境化した世界は、論理や単なる対話だけではない感情や無意識が支配するようになり、自分の頭の中の夢と現実がつながり区別できなくなってしまうかもしれない。シミュラークルが現実を覆いつくす地図と化すのだ。

カジンスキーはそれこそがテクノロジーの呪いだと考え、その時代が来る前に滅ぼしてしまおうと考えたが、その被害者だったガランター教授が夢見た世界はすでにそこまで来ている。

科学やテクノロジーの進歩で、呪術や信仰の支配していた古代から中世の世界が、論理的で合理的な近代へと移行したと考えられているが、デジタル化が成し遂げようとしている究極の世界は、ボルヘスの予言した魔術的な世界へ向かっているのかもしれない。

連載:人々はテレビを必要としないだろう
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文=服部 桂

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