そして、自然と涙が溢れ出てきた。海水で被害を受けても、樹齢800年の歴史の中で地面には根が張り巡らされ、そこには古くからの生態系が成り立っている。演奏に使用した「奇跡の一本松」が描かれたチェロも、弦楽器製作を手がける中澤宗幸さんが被災木で製作したものだ。この時、ベンジャミンは「自然は死なない」と直感した。
彼が今宮天満宮の「御神木」の前で奏でたのは、自身が作曲した楽曲「For Our Freedom」。周りの心を落ち着かせるようにゆったりと音色を響かせた。それは、再生へと向かう自然と調和するように柔らかな音色だ。
この曲は東日本大震災が起きる前の2011年2月中旬、予知夢のように津波の夢を見て、深夜に起きて明け方までチェロを弾きながら作曲したという。曲名には「それぞれの人生にミッションがあるから、希望を持って自分らしく生きよう」という思いを込めた。これまで8年間滞在したロシアや、イタリアなど世界各地で演奏してきた。
再建中の今宮天満宮で(Photo: Hidemi Ogata)
演奏の当日、今宮天満宮に集まった地元の人々の被災体験に耳を傾けると、太平洋戦争中に広島で被曝した祖母の姿に重なった。話を聞いたある女性は震災から10日後、瓦礫の下にいた子どもに気づいたが、どのように瓦礫を取り除いたらいいか分からない。近くの人と協力したが、為す術はなかったという。
「陸前高田でも10人くらいのおばあちゃんの話を聞きましたが、彼女たちは当時を思い出して涙をこぼしていました。津波で町ごと流されてしまっても、自然とともに生きていく。そんな強さも感じて、自分のおばあちゃんを思い出しました」