2011年の東日本大震災で、約7万本あったとされる岩手県陸前高田市の高田松原は壊滅状態となった。西の端にあった1本の松の木が、押し寄せる津波に耐えて立ったまま残った。
その「一本松」も海水の影響で枯死したが、保存作業が施され、復興を象徴するモニュメントとして10年たった現在も同じ場所に立っており、多くの人が見学に訪れている。
だが、そこからほど近い気仙川沿いにある今宮天満宮の樹齢800年の巨木「天神大杉」が震災後に枯死し、伐採されたことを知る人はどれほどいるだろうか。
天神大杉は高さ30メートルもあり、古くから「御神木」としてこの地域では親しまれてきた。25メートルほど伐採されたが、いまも根元近くの太い幹は残っている。
東日本大震災から10年を迎える直前、残された御神木の前で、鎮魂と希望の思いを込めて自ら作曲した楽曲を、胴体に「奇跡の一本松」が描かれたチェロで、演奏した音楽家がいる。
日本にルーツのある、オーストラリア出身のアーティストであり、チェロ奏者のベンジャミン・スケッパーだ。
かつて国際弁護士として活躍したが、2008年のリーマンショックを機にチェロ奏者へと転身し、09年にはグローバルな活動を行うため東京にクリエイティブ・シンクタンク「contrapuntal」を設立する。
イタリアやロシアなどでも活動を展開してきたが、昨年から本格的に日本に拠点を移し、音楽とアートの力を復興の糧にしてもらおうと「OUR STORY by BENJAMIN SKEPPER:FOR OUR FREEDOM in Iwate」を始めた。
ベンジャミンはどんな思いで鎮魂と希望の楽曲をつくり、新プロジェクトを始めたのだろうか──。
伐採された「天神大杉」の前で、演奏された「TSUNAMIチェロ」(Photo:Hidemi Ogata)
被災木の「チェロ」で奏でた曲
2月下旬、ベンジャミンはチェロの演奏をするために初めて陸前高田を訪れた。今宮天満宮では震災の津波で拝殿や鳥居などが流され、社殿を再建中だ。樹齢800年の断ち切られた御神木の前に立ち、彼は何を思っただろうか。
「自然がすごく泣いているように感じましたね。いかに人間が自然の力をわからなくなってしまったか。たくさんの人たちが犠牲になり、人間の死を感じて悲しさが込み上げてきました。だけど、残された幹の周りには赤ちゃんみたいな葉っぱが出ていて、我々の未来を表しているようだと感じました」