このような思いにいたった須賀の原点は、『不安な個人、立ちすくむ国家〜モデル無き時代をどう前向きに生き抜くか〜』という若手官僚らがまとめたレポートにある。国内外の社会構造の変化や個人の人生の選択とその課題について考察している。
「頑張れることそのものが恵まれた人の立場の恩恵で、ラッキーなこと。頑張れる人はどうしても頑張れない人を『怠けている』とか『自分の納めた税金を浪費している』などといいがちですが、恵まれない環境で育つと、生きていくことで精いっぱいで、将来頑張るための投資もできない。頑張って競争に勝った人が豊かになるというシステム自体がもともと非常に不平等だともっとみんなが認識をしなければいけないのです」。
テクノロジーの進歩は、格差の問題をさらに深刻にする可能性がある。例えば、AIを持てる者と持たざる者。1のリソースをつぎ込んで1人で活動している人と、無限の計算リソースを使い、AIを駆動して、数億人、数十億人分の働きを一瞬でできるような能力を手に入れた人が一緒に競争して、打ち負かしたとして、公正な競争だと言えるのか。
「社会全体としてはテクノロジーもフルに取り込んで生かして、より賢くて妥当な意思決定ができるようにしていくことが重要です。他方で、それによって人類社会が得た利益は、なるべく一部の自称勝ち組に独占されないような仕組みが必要です。社会全体のあらゆる構成員の人にあまねくその利益が分配されるような制度設計は、私たちが意思をもてば、可能なのです」。
あらゆる構成員に利益を分配する設計のためには、「古典的な感覚」が必要だと須賀は話す。「人は、自分のコミュニティの中に居る人、あるいは自己の延長線上だと思える人に対してはすごく優しくなれる。だから、この自己の延長線に入るものを、それぞれがなるべく広げていく努力をすることが特に成功した人に求められています」
18年に経済産業省から世界経済フォーラム第四次産業革命センターに出向した須賀は、「今までなんで日本のことだけを考えていたんだろう」と素朴に思うことがあったという。
「なぜ自分は世界市民みたいな視点はなかったのかなと。ここは国際機関なので、明日ルワンダの人が幸せかどうかということも関心事になるわけです。そういう視線を強制的に持つことを求められた時に、ストレッチできるものだなと思いました。
つまり、自分としても日本には同胞意識は持てても、そこから先はやはりよそ様で、大事に思わないわけではないけれど、自己の延長と考えにくいというふうに思い込んでいた。しかし、視野を広げることはできる。自分の大事なコミュニティの範囲は努力で広げられるんです」
すが・ちづる◎世界経済フォーラム第四次産業革命日本センター長。2003年に東京大学法学部卒業、経済産業省に入省。2009年米国ペンシルバニア大学ウォートン校MBA取得。