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自分が自由にできるものに注力すべし:マルクス・アウレーリウス『自省録』


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『自省録』(マルクス・アウレーリウス・アントニヌス著、神谷美恵子訳、岩波文庫)

『自省録』(180年頃)は、「哲人皇帝」と呼ばれた第16代ローマ皇帝マルクス・アウレーリウス・アントニヌス(121年ー180年)の思索書です。

「最後の五賢帝」アウレーリウスは、ローマ皇帝としての多忙な公務のかたわら哲学的な思索を好んだ、後期ストア派を代表する哲学者でもありました。

本書は、アウレーリウスの病没後まで続いたマルコマンニ戦争(162年-180年)の最中に書かれたといわれています。他人に読ませるためではなく、その折々の思索や内省の言葉を書きとめたものであるため、一貫性がなく分かりにくい部分もありますが、アウレーリウスの示唆に富んだ言葉にあふれたものになっています。

アウレーリウスが少年時代から深く傾倒したのが、紀元前3世紀初頭にキプロス島出身のゼノンが創始した古代ギリシアのストア派の哲学です。ストアという名は、ゼノンがアテナイの列柱廊(ストア・ポイキレ)で自らの思想を説いたことに因んだもので、英語の「ストイック」はこれを語源としています。ストア派は、アウレーリウス以外にも、セネカやエピクテトスなど、多くの高名な哲学者を輩出しています。ストア哲学が今でも多くの人々に支持されているのは、物事に正しく対処するための実践的な哲学だからです。「いかに生きるべきか」という問いが常にその中心にあります。そして究極の問いは、人間性が試される最後の試練である「死の瞬間」にいかに備えるかということです。

特に、現代人に通じる実践的な教えは、自分が自由にできるものとできないものを区別し、自由にできないものについて悩むのではなく、自由にできるものに注力すべきというものです。ここで、自由にできないものとは健康、富、名誉といった、自分の外部にあるもので、自由にできるものとは自分の精神の働きです。我々は、そうした自分の心の営みの中にこそ、独立と自由と平安を求めるべきだというのです。

アウレーリウスは、我々が目指すべき人格について、次のように述べています。

「完全な人格の特徴は、毎日をあたかもそれが自分の最後の日であるかのごとく過ごし、動揺もなく麻痺もなく偽善もないことにある」

そして、その実践として、日々正しく生きることの大切さを次のように説いています。

「君がそんな目に遭うのは当り前さ。君は今日善い人間になるよりも明日なろうというんだ」

「善い人間のあり方如何について論ずるのはもういい加減で切り上げて善い人間になったらどうだ」

本書は、多くの西洋の思想家や政治家たちが座右の書として挙げられ、ジョン・スチュアート・ミルは「古代精神のもっとも高貴な倫理的産物」と賞賛しています。

第二次世界大戦中のホロコーストを生き延びた『夜と霧』のフランクルや、ベトナム戦争中の壮絶な捕虜収容所生活を生き抜いた海軍中将のジェームズ・ストックデールは、自らが陥った苦境の中で、ストア哲学の教えを心の支えとして生き延びたといわれています。

構成=石井節子

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