前川喜平元次官に聞く。文理を超えた「学際的学び」は今なぜ重要か

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「縦割りの教員免状」がボトルネック?


なかなか苦戦しているのが、中学校と高校だ。中高の教員免許が縦割りの教科ごとに与えられることが大きなハードルとなっているのだ。

「たとえば、環境問題は社会にも理科にもかかわってきます。ですが、理科の先生が2015年に地球温暖化対策の国際的な枠組みとして世界約200カ国で合意された『パリ協定』の話をするのは、社会科への越権行為になりかねません。逆に社会科の先生が二酸化炭素について教えるのも同じ。縦割りの免状がボトルネックになっているのです。中高の場合には、教科の垣根を越えて、先生同士が協力し合っていく必要があると思います。

アメリカの大学には主専攻と副専攻があります。人間の知的興味はひとつの分野に限らないので、日本の大学でもそのようにしたらいいのにな、と私は思っています」と前川氏は言う。


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実際、前川氏は法学部に入学したものの、「おもしろくないな、この学問は」と思ったという。「憲法などは学ぶに値すると思って勉強していましたが、商法や民事訴訟法など人のごたごたを解決するための法律は勉強する気にならなかった。それよりも『お釈迦様は何を考えていたのだろう?』ということに興味があった。というわけで、自主的に副専攻はインド哲学を選んだようなものです。でも、今になって考えてみるとそれがよかったんですね」

ひとつの分野にとらわれず、自分の興味のままに自由に学ぶ。それこそが「学際的な学び」であり、人間本来の学びのあり方なのかもしれない。

「これから人類が直面する課題をクリアしながら、新しい時代を生き抜いていくためには、縦割りの学問分野にとらわれない研究が必要になってくるのは間違いないことだと思います。これまで受けてきた縦割教育による弊害を認識し、打ち破っていく必要がある。そして、哲学にさかのぼるような学問が大切になってくると私は思います」。そう前川氏はしめくくった。

そういう意味で、教育が学際的な方向に進んでいるのは、学びにおける「原点回帰」ともいえるだろう。教科にとらわれず、広く物事を見て、知って、考えることこそが、真の「知」につながっていくのだろう。


前川喜平◎東京大学法学部卒。文部省(現・文部科学省)入省後、宮城県教育委員会行政課長、ユネスコ常駐代表部一等書記官、文部大臣秘書官などを経て、大臣官房長、初等中等教育局長、文部科学審議官、文部科学事務次官に就任。2017年、文部科学省を依願退職。

取材・文=柴田恵理 編集=石井節子

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