トッドの場合、自分が知的な面で勇気をもてたのは、家系の影響があったからだという。ユダヤ教やイギリス人の家系も引き継ぐトッドは、常にフランス社会のアウトサイダーとしての「外在性」を意識していた。さらに、祖父のポール・ニザンは、フランスのインテリ階級で初めて共産主義になり、その後転向した人物だ。「社会にあらがうということが家族の伝統であるような家系で育ちました。同調圧力にあらがうように育てられたのです」。
では、同質性の高い日本で何ができるのか。そのような家系に生まれなくても、社会にあらがう勇気はもてる。
「日本は大きな危機に直面するでしょう。それは間違いありません。そして、決断する勇気は、危機に直面することで培われていく力だと思います。日本社会の問題は、完璧主義をあまりに突き詰めてしまったことにある。現在の高等教育では、異質性や外在性が排除されて来ましたが、こういうシステムは必ずうまくいかなくなるときがきます。危機が降りかかってくることで、完璧主義的な厳しい規範が崩れ、時間をかけて決断することもできなくなる。決断する勇気が不可欠になるのです。」
コロナは社会をどう変えるのか
日本だけでなく世界がいま直面しているのが新型コロナ危機だ。世界的な感染症拡大に対し、国際協調の重要性が協調されているが、ワクチンの平等な分配を目指す国連主導の枠組み「COVAX」は不調で、先進諸国によるワクチン買い占めが起き、途上国との格差が懸念されている。
一方で、トッドは新型コロナが「先進諸国の弱さを露呈した」とも指摘している。
新型コロナは、新たな問題を引き起こすというよりは、すでにある人口の問題を悪化させ、その傾向を明らかにしている。例えば、トッドによると、フランスではコロナで亡くなる人の平均年齢は81歳、救急病棟に入院した人の平均年齢は68歳と高齢者が犠牲になっている。先進諸国では、経済成長で寿命が延び、高齢者人口が増えているが、それがまさにコロナに対する「先進諸国の弱さ」として如実に表れた。
「そういう点で、日本はいまのところコロナにうまく対応しているように見えますが、高齢化が最も進んでいる国の1つでもあるので、非常に弱い立場、危ないところにいるというのは明らかです」
新型コロナは変化を加速させる。このような変化の激しい危機の時代にこそ「歴史的な観点」で物事を考えることが重要だとトッドは言う。具体例を交えて説明してくれた。
「いま、私は女性の解放の歴史について研究しています。フランスでは女性の学歴が高くなってきていて、男性のそれを超えました。この非常に早い変化を理解して分析するためには、時間をさかのぼる必要があります。この変化を検証して検討するには、例えば1950年に女性の地位がどうだったのか、1910年にどうだったのか、それより前はどうだったのか、というのを検討して初めて、いまの変化のレベルがわかるのです。だから時間的な観点が重要なのです」